八方ミシン
八方ミシン… その名のとおり品物の向きを変えず四方八方に縫えるミシンです。普通のミシンは手前から奥に向かって縫製してゆくものがほとんどで、自動缶止めや電子パターン縫いは別として特殊なものでも一方向に向かってしか縫っていけないものなのです。仕組みは針棒の中心に上糸が通ってきて針の周りを送り足が自由に回転できるようになっているので糸が絡まることなく縫製できるというもの。送りは上側で引っかくように送りますので下糸の周りに送り機構がなく靴先のような狭いところに差し込んで縫製できるよう針穴部分が細くなっています。現在の主な用途は靴修理やスリッパの縫製、武道具、ハンティングハットなどに使われています。靴修理というのは底が付いて出来上がってしまった靴のつま先あたりの補強やユーザーが履いていたもののホツレや破けなどの補修をいいます。手回しや足踏みなどで使われ下糸ボビンも小さく生産性は悪いのですが狭いところを縫う事に関してこれ以上のミシンは存在しないのです。この画期的なミシンのルーツはドイツと言われています。ドイツ八方と言われ、現在日本を始め世界で流通しているタイプのシンガー八方タイプとは若干構造が異なります。 写真提供 八方ミシン工業 上の写真は100年くらいは昔のドイツ八方ミシンではないかと思われますが幾何学的模様を全面に凝らした骨董的価値の品物です。アメリカ製のシンガー八方が日本に来たのはやはり敗戦後で、それまでは国内でもドイツ八方が主流だったようです。そういえば今はもう亡くなりましたが私の知人の老靴職人は、銃弾飛び交う戦場を八方ミシンを背負いながら軍靴の修理をして回った。などと回想していたことを思い出します。戦争中はドイツや欧州からの輸入もままならない状況であった為か、三菱やブラザーなどの国内メーカーでもドイツ八方を真似て製造していたようです。日本のミシンメーカーのほとんどが戦中は軍需工場であったのですが、戦後の平和産業の旗手としてミシンメーカーに転身し、数多く興隆していったのであります。ただ、あまりにも特殊で非効率的なミシンであった八方ミシンは時代とともに各メーカーのラインナップから外れていき、本家シンガーすらもやめてしまいました。その中で、戦後からシンガー八方タイプのミシンを修理、製造していた東京台東区の八方ミシン工業が現在、国内、いや世界唯一の八方ミシンメーカーなのであります。新品を注文すると3ヶ月待ちですから、ご注意を!