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风起陇西(ふうきろうせい) 第十七計「反間の計」 陳恭(チンキョウ)は紫煙(シエン)閣に柳瑩(リュウエイ)を訪ね、自分が燭龍(ショクリュウ)だと明かした。 自分たちがこの重要な位置まで来れたのも、郭淮(カクワイ)将軍が五仙道と高堂秉(コウドウヘイ)を犠牲にして導いてくれたおかげだという。 「…ただ犠牲も大きかった」 「将来得る結果に比べれば些細なことだ…」 「では翟悦(テキエツ)は?」 「…柳姑娘、李厳(リゲン)のそばにいるそなたに死なれては困る ゆえに今日は殺さぬが、今後その名を出すことは許さぬ」 「失言でした…しかし組む以上、弱点があってはならない、同じ船に乗る者同士、信頼が大切では?」 すると陳恭の殺気が消え、腹が減ったと言った。 陳恭は食事を済ませ、次の標的が馮膺(フウヨウ)だと示唆した。 恐らく李厳は楊儀(ヨウギ)の復職と引き換えに馮膺を残すはず、しかし馮膺が死なねば青萍(セイヒョウ)計画はついえる。 「極端な手を使うやもしれぬ、準備を整えろ」 「覚悟はできているわ」 すると陳恭は次の連絡を待つよう伝え、席を立った。 青萍計画の本当の目的は連弩(レンド)の設計図ではなく、真の燭龍を敵の上層部へ送り込むことだった。 しかし郭剛(カクゴウ)は叔父から陳恭が燭龍だと聞いてもにわかに信じられない。 陳恭が己の使命に背き、西蜀を裏切って大魏につくだろうか。 実は郭淮は陳恭が潜入した当初から西蜀の間諜だと気づいていた。 そこで陳恭をわざと侍衛長に昇進させ、初めて情報を盗んだ時に現場を取り押さえたという。 「お前を長安で学ばせているのは罰ではない、知って欲しいのだ 最も落としがたいのは人の心だと、だが最強の武器となるのもまた人の心なのだ」 正確には陳恭は裏切ったと言うより、裏切りを憎悪していた。 郭剛もそんな陳恭の律儀さを知っており、だからこそ天水(テンスイ)で疑ったことなどなかったという。 すると郭淮はそのこだわりこそが弱点になったと言った。 「奴に馮膺との取り引きの記録を見せた」 郭淮はかつて馮膺と情報を取り引きしていた。 もちろん機密に関する情報ではなく、ある種の取り引きは互いの出世に役に立つ。 つまり密偵の命だ。 郭剛は憤慨、陳恭も当然、受け入れられるはずがない。 すると郭淮は諜報というものを徐々に理解すればいいとなだめた。 「よいか、この世には正義も悪もなく、天はかくも非情だ」 10年前、当時、漢中を守っていた夏侯淵(カコウエン)は劉備(リュウビ)率いる10万の兵と対峙した。 郭淮は夏侯淵を助けるため囲魏救趙(イギキュウチョウ)の計を思いつく。 そこで秘密裏に西蜀の馬秦(バシン)・高勝(コウショウ)を説いて挙兵させ、資中(シチュウ)県を包囲させた。 実は資中県の情報を郭淮に渡したのが馮膺だという。 李厳はほぼ全軍を失った。 しかし危機に立ち向かったのは李厳ではなく、影武者の陳黻(チンフツ)だったという。 …陳恭は馮膺が情報を漏洩したせいで父が命を落としたと知った しかも郭淮から情報を得る見返りに密偵を差し出していたという 陳恭は呆然としていたが、郭淮は証拠となる取り引きの一覧を示した 『司聞曹の状況と一致するか確かめてみろ』 『…馮膺は建威(ケンイ)の王善人(オウゼンニン)まで売ったのですか?』 王善人と言えば家は裕福で3代も曹魏の官職を務めていた 馮膺の情報がなければ西蜀の密偵だと気づかなかっただろう 結局、王善人は一族皆殺しとなり、江湖の仇打ちに遭ったと処理された 陳恭は父の仇討ちを決意、指示を仰いだ すると郭淮は3年は動かなくて良いという 馮膺の目を欺くため任務をこなし、司聞曹で手柄を上げて馮膺に尽くせというのだ 『予感がするのだ、お前は間諜というものを根底から変えられる男だと… 私の使命はお前をそのように育てることだ』 しかし陳恭の才は郭淮の予想をはるかに超えていた… 郭剛は叔父の計画に敬服した。 しかし何も知らなかった自分を哀れみ、今後は欺かないで欲しいと懇願する。 郭淮は言える時機ではなかったとなだめ、街亭(ガイテイ)の事案が西蜀を大きく揺るがした後、陳恭に2つ目の指令を出したと教えた。 「″帰国せよ″と…」 「つまりそれが青萍計画の本当の始まりだったのですね」 「そうだ」 南鄭(ナンテイ)では荀詡(ジュンク)が日々、歩く練習を重ねていた。 一方、馮膺には朗報が届く。 陰輯(インシュウ)の報告によれば丞相が楊儀復帰の条件として馮膺の免責を許し、李厳も応じたという。 俸禄1年分の剥奪だけで済んだ馮膺は幸運を喜んだが、まだ微妙な状況なのは事実、そこで陰輯に高堂秉の件を注視するよう頼んだ。 「扱いを誤れば別の災いを招く…例えばお前は高堂秉と仲が良かったな?」 実は陳恭を国外へ行かせたのは友の荀詡と離すためだったという。 「今は司聞曹内部で揉め事は起こせぬ」 皇帝が北伐を許した。 不満げな李厳だったが、朝議の後、単独で参内せよと勅が下る。 狐忠(コチュウ)は馬車をひと回りさせてから皇宮の北門へ向かい、李厳は偏殿で知らせを待った。 すると祈祷中の皇帝に代わり太監が密勅を届けにやって来る。 「先帝が崩御の際、つけていた玉帯を陛下より授けます ″生姜と酢″をすする思いで耐え、陛下を支えて漢の復興を頓挫させぬように…」 役所に戻った李厳は早速、先帝の玉帯を念入りに調べた。 一見すると何も分からなかったが、帯を切り開いてみると小さく折りたたんだ紙が出て来る。 しかし紙には何も書かれていなかった。 その時、李厳はふと太監の言葉を思い出し、生姜水と酢を混ぜた汁を紙に塗ってみる。 すると驚いたことに文字が浮き上がった。 …朕は即位した後、諸葛亮(ショカツリョウ)を武郷(ブキョウ)侯に任じ、益州を任せ、朝廷での決定権を与えた、だがいまだ天下は不穏で朕は安心できぬ、しかも諸葛亮は専横を極め重大事案も上奏せず、皇太后も罪を問いたがっている、さらに諸葛亮は張飛(チョウヒ)の娘を勝手に皇后に立てた、献帝に対する曹操(ソウソウ)さえこうも酷くはなかった、先帝いわく″諸葛亮には曹丕(ソウヒ)の10倍の才がある、朕に価値なくば諸葛亮が国を奪え″と言ったが、その言葉は先帝の疑念を表す… 荀詡が取り調べにやって来た。 しかし高堂秉は2つの条件を呑まない限り話さないという。 荀詡は仕方なく谷正(コクセイ)の件を後回しにし、設計図を盗み出したとしても定軍山からどうやって脱出つもりだったのか聞いた。 「それなら話せる、軍謀司は朝廷の掟により漢中の兵糧と輸送を点検している こたび武都に兵糧を運ぶこととなり、成藩(セイハン)校尉が責任者だった」 山を封鎖しても全ての輸送車を調べるのは不可能、高堂秉は設計図を兵糧の中に隠すつもりだったという。 そこで高堂秉は話せることなら全て話したと訴え、肝心な話を聞きたいなら赦免が先だと言った。 すると荀詡はそこで切り上げることにする。 「安心しろ、私はそんな取り引きには応じない…殺された翟悦のためにも決してお前を許さぬ あと1日やろう、話すかどうかは任せる、ただし口を割らなければ生き地獄が待っていると思え」 南鄭への道中、狐忠は将軍の内弟子である陳恭が戻った今、馮膺と楊儀の交換は割に合わないと訝しんだ。 しかし李厳は一極集中を嫌い、忠誠心のある陳恭と経験がある馮膺2人を抱えてこそ安定するという。 すると急に馬車が止まった。 「司聞曹の馮膺がいます」 馮膺は命の恩人である李厳の帰りを平伏して待っていた。 そこで李厳が柳瑩と気兼ねなく過ごせるよう、贅を凝らした別宅に案内する。 「ここは周囲5里が司聞曹の土地なので静かで安全です」 「馮曹掾(ソウエン)がそこまで言うなら…なあ?」 荀詡は陳恭に訓練の成果を見せた。 陳恭は足の回復ぶりに驚きながら、実は陰輯に頼んで高堂秉に会ったと伝える。 「尋問では私情を挟まず冷静になれ、いっそ私に任せるか?」 荀詡は陳恭が本気なのか冗談なのか分からなかった。 つづく ※囲魏救趙=魏を囲んで趙を救う 兵法のひとつ、敵を一箇所に集中させず奔走させて疲れさせてから撃破する戦略のこと お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.11.18 21:07:18
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