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2003年10月29日
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テーマ:中国旅行(113)
カテゴリ:カテゴリ未分類
tetywestたちはガイド嬢に案内してもらわなかったので、その時は「木府」の歴史など知る由もなかった。しかし興味があれば帰国してからでもインターネットで調べることが出来るのだから便利な世の中になったものだ。(http://hk.geocities.com/lniok/cn/tour/mufu.htm)

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木府
納西民族の首領である「木」氏は、「木元朝」が1253年に世襲の麗江土知府(知事)になって以来、元・明・清の三代・22世・470年の間、西南諸土司の中で「詩を知り書を好み礼儀を守る」と有名であった。「木府」は古城の西南の隅にあり、明代にはその繁栄の絶頂を極め、徐霞客(明代末の旅行家、シュショークー)は「木府」のことを「官室の麗、王者に擬る」と称えている。残念ながら大部分の建物は清末に兵火に焼かれてしまい、幸いに残っていた石造門も1966~1976年の「文化革命」によって破壊されてしまった。1996年の大地震の後、世界銀行から「木府」再建のための多大の援助を受けて、麗江市は3年の歳月と精心の設計施工で木府を現代に蘇らせた。

木府の面積は46畝(約3ヘクタール)中軸線は369メートルの長さである。建物は西から東へと整然と配置され、「旭日を迎え、大気を得る」。

木造門の上には「天雨流芳」の大書が掲げられている。これは納西語の「読書去」の諧音(当て字)で、納西族が知識の探求を崇拝する性質を表している。(※昨日の日記の写真です)

石造門は全て石造りで、3層構造、これは国内石建築の精品である。(※これも昨日の日記の写真です)

議事庁は端整で広く、気勢恢弘としている。これは土司が政治をした建物である。


議事庁


万巻楼は2千年の文化遺産を集めている。千巻の東巴経、百巻の大蔵経、六公土司詩集、その他名士の書画など、みんな希少で学術的宝である。


万巻楼


護法殿は后議事庁とも呼ばれ、これは土司が家事をした建物である。


護法殿


光碧楼とその後ろの花園門楼は昔「称甲【さんずいに真】西(この地方一番)」と称えられた建物である。
玉音楼は接待と歌舞宴楽の場所である。


玉音楼


三清殿は木土司が道教を崇拝した精神的産物である。獅山の古い森深く、木土司の祭礼が行われる場所である。
このように木府は納西族の多元文化の開放精神を十分に体現している。


三清殿


木府は一座輝煌の(とってもすばらしい)建築芸術の建物で、明代の中原(漢族)建築様式を帯びながら、同時に唐宋代の中原(漢族)建築のうち、素朴な風流の余韻を持っている。その西から東への配列や、府内を縦横に巡る水溝、活き活きと水が流れるような配置にも、納西族の伝統文化の精神を見ることが出来る。
                   
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※以上、tetywest和訳。写真はtetywestが撮影したもの。






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最終更新日  2003年10月29日 12時02分36秒
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