摩擦
あぁ、なんだか哀しいこの気持ちはなんだろうこの延長線上に、すっきりと晴れやかな気持ちはあるんだろうか「空気を読む」ことの訓練。「察する」ことの訓練。「さらけ出しすぎない」ことの訓練。「感じすぎない」ことの訓練。そういった訓練の日々は、のびのびと、真っ直ぐに、朗らかに、強く、優しく、しなやかに、愛情豊かに、思いやりをもって・・・という生き方とは対極にあるように思えるありたい姿と、どんどんと距離が拡大していってしまっているような気がする摩擦に痛みを覚えながら、このままやっていけるんだろうかこれを乗り越えていったところに何かあるような気もする全てを被いこむような、そんな強い強い人になれるだろうか否。気力と体力の無駄遣いをしているようにも思えてならない