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テーマ:亡き母、亡き父への思い(3)
カテゴリ:人間関係
父がなくなってから、すでに3年が過ぎた。
日の経つのは早いものである。 知人のプログをみていて、りっぱな父親を持ったんだなぁと羨ましくなった。 私の父は、いわゆる遊び人。 家庭そっちのけで、好きなマージャンに熱中し、夕食も一緒に食べた記憶は少ないのだ。 私も決して、褒められたいい母親だとは思っていないが!? 昨日、いとこのだんな様が亡くなったとき、息子が喪主になったように 叔母・父と葬儀では、私が喪主となり挨拶もした。 久しぶりにその原稿を引っ張り出して読んでみた。 相田みつを 作 遠くから みている 自分の番 相田みつを 作 父と母で二人 父と母の両親で四人 そのまた両親で八人 こうしてかぞえてゆくと 十代前で1024人 二十代前では なんと百万人を越すんです 過去無量のいのちの バトンを受けついで いまここに自分の番を生きている それがあなたのいのちです それがわたしのいのちです この2つを引用した。 今読み返すと やっぱり ちょっと恥ずかしい!? よく書いたもんだ と自分でも呆れるのだ。 あのテンションだったから、書けたかな? 亡き人を思い、声を震わせている喪主の肩に自分の姿がダブって見えた。 母に言わせると、涙を流していても、私ははっきり話していたと!? 「何?私は気丈だってこと?」 と聞き返すと 「そうだね!」といわれてしまった・・・!? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年01月19日 21時07分06秒
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