夏の風物詩7の一つに、屋上のビアガーデンが、昔は、あった。
まだ、冷房が貴重な頃・・・
涼しさを求めて、デパートへ飛び込む昔、のころと言えるであろうか?
道路のアスファルト舗装の熱さから逃れるように、少しでも涼しいところを・・・と、屋上が利用されたのだろうか?
夏山登山の帰路に立ち寄る地下のビアホール・・・
いずれも、安サラリーマンのささやかな楽しみの一端であった。
今では、『安サラリーマン』という言葉さえ、耳にすることが珍しい死語か特殊な言葉になってしまっているようだ。
日本はそれほど豊かな国になっているのだろうか?
田舎の生活と云うものは、都会の生活の中では、憧れであったり、心の癒しであったりはしても、本当に住もうとは思はないのが本音ではなかろうか?
都会の生活では、自宅の玄関から一歩外へ出ると、タダのものは空気だけ・・・とさえ思われる金権体質の生活であっても、お金さえあれば、便利な社会である。
野菜が新鮮だとか、水や空気が美味しいなどと、ちまたでは言われているが、それらのことが、都会の生活を捨てる理由にはならないであろう。
都会とは、人口が密なところである。
田舎とは、人口が疎なところである。
都会とは、見知らぬ人が多いところである。
田舎では、見知らぬ人が少ないところである。
日常生活では、どちらが安全と言えるだろうか?
知らない人々の中には、危険な人も混ざっている可能性は高いであろう。
駅のホームから転落しそうになっても、声をかける人が少ないことも、声をかけない人々は、少なくともその時点においては、危険な人々の部類に入るであろう。
声をかけない理由の一つに、声のかけ方によっては、声をかけたがために驚いてホームから転落しないとも限らないかも・・・と、考える人もあるかもしれない。
普段から知らない人に気軽に声をかける機会の少ない人々にとっては、声をかけた相手が驚かないような声のかけ方を知らないからであろう、と思うこともできよう。
なんとのはや、せつない世の中である。
疎と密・・・
なんとかうまくバランスがとれないものだろうか・・・
日本列島のバランスが崩れないことを願いたいものである。
東京オリムピックや大阪万博でのテロや地震・津波などの被害がないためにも・・・
あっちの水は、辛いぞ・・・
こっちの水は、甘いぞ・・・
と、嘘をついて呼び寄せる人間どもには、もう騙されないぞ・・・と、
ホタルたちは、人間に見つからないところへ移り住んでしまったように・・・
おホホホ・・・