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October 17, 2005
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今日は日本語講座、初日でした。科目は「社会言語学」

内容は、まぁ良しとして、まずまた自己紹介。
科目が変わって先生が変わる度に自己紹介をするのだろうか…。っと思うと、ちょっとうんざりだけど、考えてみれば先生になったら自己紹介する機会は増えますよね。

そーかぁ…。苦手なんだけどなぁ。自分を紹介するって恥ずかしいんですよね。

でも、数打てばなんとやら・・・で、そのうち慣れるでしょう…。

で、今日社会言語学勉強してて思ったんだけど、ある文章の解釈の仕方を先生自体が違ってたら、どうなるんだろう??

文法とかじゃなくて、気持ち・感受性の違いで。

「彼らの友情は花咲いた。」
「彼らは友達になった。」

この2つの文の違いは?

私は前者の解釈を、一瞬にして友情が芽生えた、後者をどのくらいの時間かは分からないが普通に友達になった、と時間の経過の違いと思ったのだけど、実は友情の深さの違いなんですね。

良い悪いの問題じゃないのだけど、先生によって解釈が変わってしまうって事ですよね。

人の意見や考え方を普段から聞くようにしてないと、自分よがりな偏った見方になってしまうな、と思いました。





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Last updated  October 18, 2005 12:41:32 AM
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