あとがき
日本では、ビジネスが行き詰まり、各企業は新たなビジネス・モデルや新大型市場の開拓に努めるものの、中々見当たらないのが実状だろう。そうした中、本書は、「世界一大きな未開拓市場=女性客市場」という秘密の図式を見事に解き明かしている。その上で、「女性市場の開拓を通じてビジネス成長のチャンスを獲得しよう」と訴える。企業は競争激化の中にあっても、うまく女性客を捉えれば、売上成長・市場シェア・利益拡大の3つを同時に叶える、確実な道筋が手中に納められる。事実として、米国での購入決定の85%は女性消費者が握っている。米国だけでも女性が決定権を持つ経済活動は約5兆ドル規模(米国GDPの56%)にもおよび、これは日本全体のGDPを軽く超える。これに対して、『エクセレント・カンパニー』の著者として世界的に有名なトム・ピーターズは、この未開拓市場を指して「今、世界最大の隠された事実」と呼んだ。著者は、マーケティングを成功させるには、「女性客と男性客とは全く違う」ことを幾度となく強調する。従来、女性に絞ったマーケティングと考えられたものが失敗に終わった理由を解き明かす。さらに、男性経営者が女性客だけには絞り込みたくない理由にあげる点を「誤った定説」として論破している。これを読むことで、男性マーケター側もこれまでのように反証することはあきらめて、改めて女性客マーケティングの採用に踏み切る企業が続出するものと期待している。著者は、有名メーカー企業でブランド・マネージャーを、その後は、広告会社で役員を務めている。その後、女性客に視点をおいたマーケテイング・コンサルタントとして独立した。こうした経歴から、書かれている内容には説得力があり、しかも実務的である。本書では、第一歩として女性客の実態を男女差の理解から入り、女性と男性の違いを遺伝子の分野にまで立ち戻って説明する。そこでの結論は、「女性と男性では根本的に違っている」である。そこで、女性客が「どう感じ、どう買物行動を取っているか」について調査している。その豊富なマーケティング経験を通して、女性客を取り巻く状況を「男女差トレンド・マーケティング・モデル(Gender Trends Marketing Model)」として女性客分析モデルをまとめた。これにより、女性客の購買行動のプロセス構造が理解しやすくなった。「なぜ女性客は男性客と違ったブランド購入決定プロセスを取るのか?」、といったマーケターの疑問にも具体的に説明できている。結論として、「女性と男性の特性を考慮しながら、マーケティング活動は男女それぞれ違った形で実施すべき」、という考えを示している。これからのマーケティングの主要な挑戦は、価格に左右されずにブランドを支持して、長く使い続けてくれる、多くの女性のロイヤル・ユーザーの獲得にある。これさえ達成できれば、企業の売上も安定して利益も増加することになる。マーケティング担当者には、女性客にフォーカスした新しいマーケティング戦略と戦術を通じて、これまで未開拓であったセグメントに対して、どのようにマーケティング投資と企業の関心を向けていくか、ビジネス・ケースを使いながら分かりやすく説明する。こうした点については、「ハウツー」の部分を12のマーケティング・ミックスの要素に分解して、具体的にその展開方法を伝える。ビジネス・ケースについては米国のケースではあるが、日本市場における女性客の購買心理や行動と相通ずるものが多い。これまで誰もが、男性と女性では「違った点が多い」、と感じてきた。しかし、マーケティングの世界では、消費者という一体化した捉え方をしてきたため、男女差が暖味になっていた。その結果、男女差からの視点で女性客に注目する議論は、ほとんどなかったといっても過言ではない。本書は、これまでのマス・マーケティングの流れをとったマーケティング・アプローチに大変革をもたらすことになる。その理由は、実際にモノを買っている女性客にフォーカスを与えることで、これまでは漠然としていたターゲット消費者の捉え方が大きく変化するからである。つまり、大量消費・大量広告型のマーケティングが、もはや通用しないことを白日のもとにさらすことになる。今までのように莫大な資金をマス広告に使ったとしても、そのほとんどは、ブランド構築するための力にならず、的外れなブランド・コミュニケーション効果しか生まなかったきらいがある。それに代わって、きめの細かい、本書で説かれるマーケテイング戦略と実施から、新たなブランド構築が実現できる。女性客に視点をおいたマーケティングでは、女性が持つ「細部にこだわる」という点に注目する。また、一旦、気に入ったブランドについては、口コミを行って、友人を紹介するといったネットワークによる「乗数効果」も期待できるという。こうした新しい点に注目した新しいマーケティング・コミュニケーションの展開が可能になる。それにより、実際に買っている女性客の購入プロセスにジャストフィットした、新しいマーケティング時代の到来を示唆する。そうした意味からも、本書は貴重なマーケティング啓蒙書であり実践書ともいえる。既に多くの米国企業が本書の考え方を採用し、マーケティングに活かして成功を遂げていることから、その効果は実証済みである。ひるがえって企業をみれば、米国でも日本でも不思議なことに、女性客が8割以上を買うという市場の事実がありながら、企業のマーケターの8割は依然として男性で占められている。日本のマーケターに、「誰が買っているのですか?」、と質問すれば、多くの場合「ほとんどは女性です」、との答えが帰ってくる。モノが売れないと嘆く前に、まず、モノやサービスを実際に買っている女性客について徹底的に探求し、女性客から好まれるマーケティングを再構築する必要がある。女性客市場はこの世界に残された、まさに「最後の金鉱」である。それを誰が、いち早く見つけて、金を掘り出すか。要は、その実行スピードにかかっている。そうした意味では、本書は、「宝島の地図」のような存在である。本書でも述べられているように、「FIRST IN, FIRST WIN」の原則が働くので、真剣にいち早く女性客に視点をおいたマーケティングに取り組み、実践できる企業が最終的には勝ち残ることになるだろう。 <終>(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)