日本と朝鮮半島には歴史に残っていない共通祖先説があります。天皇家は朝鮮半島と日本(九州)の両方を有していたのではないかという仮説があります。もう少し私見を言えば本来は朝鮮半島南部が首都であり高句麗や新羅の攻勢に会い日本に逃れてきたという考え方です。ただこのとき朝鮮半島の一部と日本は一つの国であったのであり日本が朝鮮半島の民族から侵略されたという言い方はおかしいと考えています。移動しただけです。
それでも朝鮮半島から移住してきた人数は当時の日本の人口の数十パーセントを締め、急激な人口増のため食料が減って文字(食品管理)が必要となり農業が栄えたのでは無いかという説には納得がいきます。いわゆる弥生文化の流入です。ここで重要なのは朝鮮半島から私達は、現在の朝鮮半島の民族とは異なるかもしれないと言う事です。蒙古班が一つの証拠です。しかし両国の文化の多くには共通性が見られます。もちろんアジアはどこも少なからず中華文化を受け継いでいます。中国の文化が朝鮮半島と日本に別々に伝わり進化したため似通った文化が生まれたのかもしれません。
チマチョゴリ、和服という文化は二つの国が分断されて夫々に進化したものです。だから大きく違うのですが、パレードで踊られていた朝鮮半島風の舞を見て感じたのは京都の祇園などで見かける舞妓さんの総見での踊りに似ているということでした。マスゲーム的要素は日本には少ないのですが、踊りの動きに類似性が無いでしょうか。これはアメノウズメが天照大神の岩戸の前で踊った姿…正確に伝承されているかどうかはわからないにしても、和風な踊りに共通性を感じます。踊りは地域により大きく異なるものでこの二つの踊りの共通性は十分に文化の共通性を感じさせてくれるものです。
両国の間に悲しい歴史があったのは事実で消しようが無いのですが、朝鮮半島と日本は共通の文化や考え方を持つ似通った民族です。韓国とは関係改善が進み、これからもより一層の友好関係が築けそうです。竹島、独島の領土問題はじっくり話し合うとして国民としては好ましい隣人関係になれそうです。北朝鮮とは大きな壁がありますが、本来であればやはり気心が知れる国民文化なのかもしれません。政治を憎んで人を憎まず、人的交流を通じて北朝鮮とも健全な関係が築けていければいいですね。