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2006.12.06
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カテゴリ:翻訳裁判所
 その発言で、法廷の空気が一変した。誤謬審査請求の場合には、裁判官だけで審議を行う。思ってもみなかった意見が飛び出してくることもなく、だれもが行く手を阻まれているような気分になっていた時であった。
「広崎くんの言ったことは非常に面白い。われわれは、何が何でもこの十戒のなかに決定的な誤謬を見つけて、それを日本国に突きつけることばかり考えていた。しかし、それでは道は開けてこない。法を見るんじゃなくて、人間をみなくちゃいけない」
「人間の、ですか」
「そう。法そのものの誤謬ではなく、その法によって目的が達成できるとする考え方、その考え方の誤謬を明らかにしていかなければならない」
「そんなことは、だれもが納得していることじゃないですか」
「納得はしていても、この十戒を前に動揺しているではないか。なぜ、動揺しているかを、広崎くんが見事に説明してくれた」

 いいか。広崎くんが、夜うとうとしてしまって目を覚ましたとき、ある錯覚を起した。本当は次の日のことなのに、その日のうちに日本国の名古屋に着いていなければならなかったんではないかと思って、慌てふためいた。
 もうひとつ、その名古屋での業務があったため、しばらく書けなかったブログの記事を1日何本も書くようになった。
 それを知ったある人が、自分もかかわりのあった件が尾を引いていて、そのために精神的に追い詰められているんではないかと勘ぐった。勘ぐるのは本人の勝手だが、そんなことをいちいち相手に伝えたら、今度はその人がやりにくくてしょうがない。まさに迷惑このうえない。
 ここで、みんなに考えてほしいのは、精神的に追い詰められているというのはもちろん誤解であるが、それが誤解であることを相手にわからせたところで、何も問題は解決しないということ。
 翻訳の問題は全部そうで、ほら、こうだから、ここがこうまちがっているでしょうなんて指摘しても、また同じような間違いをする。だからこそ、われわれの仕事はむずかしい。
 この翻訳裁判所はまだ歴史が浅い。裁判官がだれもみな、確かな方向性を自分のものにしているとは思いがたい。だからこそ、私は広崎くんの発言を歓迎したい。

 実はもうひとつ重大な問題がある。先ほど、傍聴人から「このような公の場で、そのような個人的なことを言うべきでない」という意見が出た。裁判所で個人的なことを発言してはいけないという理由はどこにもない。たとえ、このような公開裁判であっても、広崎くんは自身の恥を晒しはしても、自身の行動の意味を勘ぐった相手を特定できるようなことは何も言っていない。しかも、そういう勘ぐりはどこにでもあるもので、個人と個人の秘密を曝露したりするようなことには当たらない。自身の体験は非常に具体的であるが、相手の勘ぐりに関しては、抽象的な言い方にとどまっている。
 傍聴人に対しては、この場で説明すればそれで問題は解決する。しかし、広崎くんの行動の意味を勘ぐった相手にはそうはいかない。
 ひとつの問題を解決しようとして、この相手に説明を試みても、今度はその二倍ほどの問題が発生する。
 こうして、問題を解決しようとして躍起になればなるほど、どんどん問題が膨らんでしまい、ついには収拾がつかない事態に追いこまれる。
 十戒の問題を扱うにも、それと同じ心づもりが必要だということを、広崎くんが言ってくれたわけで、みんなが漠然と思っていたことが、これではっきりしたのではないかと思う。
 





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Last updated  2006.12.06 17:14:57
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