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ご紹介をいただきました。 相続のお話です。 ありがたい話です。 本当に感謝しています。 毎度毎度書いていることですが、紹介については、紹介するほうも、されるほうも気を使います。 「仕事としては、小さな仕事だから、紹介したらかえって迷惑にならないか?」 「ちょっとクセがある人だから、紹介したらイヤな想いをさせてしまうかも・・・。」 そういうものも全て含めてのご紹介ですから、よっぽど特殊な場合を除いて、引き受けさせていただいています。 逆に、こちらが紹介してくれた方の顔を潰さないように、そっちの方が心配だったり・・・。
さて、本日ご訪問したお客さんですが、 被相続人は90歳すぎ。 配偶者は、80歳代。 こんな情報だけ聞けば、大往生では? なんて思うかもしれない。 相続が開始したのが、1カ月ちょっと前だったそうです。 まだ、日が浅かったこともあるが、被相続人の生前についてお尋ねすると、目頭を押さえて涙ぐんでいた。 相続の仕事って、当然のことながら、「人の死」が絡む。 なので、当然の話ですが、その人に関わる方の「感情」に配慮して言葉を選んだり、質問をしていかないとあらぬ誤解を受けたり、不信感を抱かれたりする。 「大往生」だから、めでたしめでたし・・・なんてことは絶対にあり得ない。 人が亡くなることが、「おめでたい」なんてことはないのです。 だから、100歳であろうが200歳であろうが、大切な人がいなくなるということは、悲しみこそあれ、喜ばしいことではないはず。 ま、そもそも他人が「大往生でしたね」なんて言うのは、本当に失礼な話で、口が裂けてもお客さんの前でそんなことは言えない。 「大往生だったね」と言われたら、「もう死んでもいい歳ですね」といっているようなもの。 お客さんではなくても、かなりの高齢で亡くなる方の訃報のニュースを聞いて、つい「大往生」じゃないの? なんて考えてしまうが、そもそも「大往生」とは、自分の身内が亡くなった時に使う言葉。 大切な人には、いつまでも元気で生きていてほしい・・・と願うのは当たり前の感情。 事務手続きの経験や税務技術・知識がいくら豊富でも、こういう「配慮」ができなければ務まらないのが相続の仕事。 一瞬だけど、「大往生」?なんて言葉が頭をよぎった。 私しゃ、まだまだ人生の年輪が足らないようです・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.11.09 00:05:27
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