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「サクラの文化誌」岩﨑文雄著によると,日本人に桜を愛でる余裕ができたのは農耕文化になり,人が定住したりできるようになってから.でも忙しい農民はそんなことができるはずはなく,農作業から解放された宮中の方が積極的に行っていました.しかし,農民も眺める余裕はあったようで,万葉集や古事記などに桜を見ている歌が書かれているようです. #吉野の桜 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.04.20 06:02:15
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