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カテゴリ:熊野古道、大峯奥駈道、高野山らへん
かつての熊野詣でのはじまりは、川から!
歩きで川の下見を終え(下見の記事はこちら)、二人乗りのゴムのフネを購入。 3月9日、いよいよフネの旅スタート! 平安時代は、お伊勢参りよりポピュラーだった熊野詣。 後鳥羽上皇が28回、熊野詣好きの後白河上皇なんて34回も熊野詣でに 出かけちゃってるクレイジーぶり。 京都から熊野三山へは、往復約750キロ1か月の旅! まさにロングトレイル! それ、34回もお伴をつれていっちゃうなんてホントすごすぎ! ブームに乗って上皇も庶民も、猫も杓子も熊野詣でへ レッツラゴーてなかんじで、 かつては「蟻の熊野詣」とも言われ蟻さんの行列のように 参詣者が歩いていたとか・・・。 で、なぜはじまりが京都伏見の城南宮かというと・・・ 熊野クレイジーの上皇たちのいた平安時代の院政の舞台が鳥羽離宮。 城南宮を鳥羽離宮が取り囲むようにあるんです。 熊野詣大ブームの火付け役ともいえる熊野御幸の出立の地が 城南宮だったからなのです。 出発前に7日ほど離宮で身を清めて陰陽師の決めた日に出立したそうです。 なので、私たちは、前日、出立前にたこ焼きとビールで身を清め? (腹ごしらえをし)城南宮でお参りしてスタートすることにしたのです。 本日の船旅は、AOさんと私の二人旅です。 城南宮~鴨川~桂川~背割堤~宇治川~淀川~八軒家までの川旅のうち 今回は、鴨川~背割堤(実際は枚方までけました)ということで背割に車1台をデポ、 城南宮から5分の鴨川にフネ装備を下ろしてから城南宮前のコインパーキング(8時以降300円)に もう1台の車を置き、城南宮でお参り。 城南宮は、「方除の大社」ともいわれ旅の安全祈願にもよいということでしっかりお参りします。 ちょうどしだれ梅も満開でキレイした! 城南宮のしだれ梅 城南宮 城南宮のお庭 9時開庭。今日は時間がないので翌日行きました。 空気もいれて準備完了! この写真は準備前。案外コンパクトなふね ライフジャケットとヘルメットをしてスタートです 出発!8:45 懸案の段差は、陸路を迂回します。(9:25) 後ろに段差が見えます 行けるかな?という瀬も最初は用心して迂回。 なんでもない石でAOさんが半分沈するもすぐにリカバリー。 漕いでみると案外浮力もあり30センチぐらいの深さがあれば 余裕で浮くことがわかる。 予定していた背割には2時間ほどで到着したため先に進むことに。 背割堤でフネをたたみデポしていた車に乗せ、城南宮に帰り車を回収。 枚方淀川河川敷公園へ2台で行き車1台をデポし再び背割堤へ。 背割で再びフネを組み立ててフネを出す。(13:35) 桂川からフネをあげ背割堤の野球場を陸路を宇治川へ 深くなってきたので船底にフィンをつけました。 午後からの川は向かい風が吹き波もあってちょこっと苦労したけど 気持ちのいい天気で春の川下りを楽しみました。 途中、4月1日に同じコースをカヌーでたどるというこのみちゃんが ラジオ出演するということでフネの上でラジオをききました~! 彼女は、枚方までカヌーで、枚方から八軒家は三十石舟でいかれます。 伊勢路中辺路を歩き熊野本宮へ熊野川は川の道をカヌーで下り 速玉大社、那智大社と上皇のたどった道をスルーハイクするという熊野クレイジー! 応援してま~す! 枚方の淀川河川敷の駐車場の利用は17時までなので間に合うか心配でしたが 16時過ぎに余裕をもって到着!よかったよかった! 枚方ではおなかすいたけど、昔のように食らわんか舟(かつて京都大阪間を三十石舟が運行しており そのお客さん目当てにごぼう汁とか餅とか食べ物を売っていたそうです。)はなく、コンビニのパンを ガツガツ食べたしだいです。 インスタには動画あり!→こちら 参考資料 熊野詣とは?(コトバンク)→こちら 熊野三山とは?(Wikipedia)→こちら 城南宮㏋→こちら カヌー旅の参考にさせてもらいました ちょっとずつ熊野古道 ㏋→鴨川~枚方こちら ちょっとずつ熊野古道の方のHp→㏋ 熊野古道とは?(Wikipedia)→こちら くらわんか舟とは?(Wikipedia)→こちら 淀川三十石舟(高槻市㏋)→こちら 城南宮~熊野古道360キロスルーハイクに挑戦しはるこのみちゃんの㏋は、熊野ログで検索 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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