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2005年06月30日
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カテゴリ:哲学研究室
 バーチャルな事象というものは、決して特殊な世界の事柄ではない。むしろ、この世間に普遍的な、ありふれた事柄である。
 文化的な生活を営んでいる人間である限り、誰でも仮想の現実の上に毎日の暮らしを営んでいるわけだが、それは人間特有の仮想の何かを、自分の身の回りに積み上げてこしらえ、同時に自分をこしらえていく地道な営みでもある。その行為によって、生と言う当惑にすぎない自分を覆い隠し、同時に文化的な生活をものにしているとも言える。

 その文化の最前線にいるのが詩人だ。
 バーチャルガーデナーとしての詩人は、まず自分独自の型をこしらえ、自然や、人文的なものや生の生命に挑んで、それらを仮想の庭園に組み込んでしまう。その道具として利用するのが、言葉である。
 言葉はしかし両刃の剣なので、現実を切り裂けば自分も傷つき、攻撃一本槍の人だと血だらけの人生(一般には傷だらけの人生といいますが)どころか、早死にすることにもなりかねない。逆に言うと、現実を塗り固めることばかりやっていたら、自分も塗り固められて、がんじがらめになってしまっているわけである。しかし一般的な人種はこちらの方だろう。

 詩的表現、あるいは詩的認識といった、独特の装飾的な形がある。詩人は文字通り、言葉を作り、独特の形に装飾し、組み立て、それを繰り返して、これまで全く知られなかった新しいバーチャルな領域を呼び出してしまうのである。
 これは魔術に似ているし、いわゆるイデオロギーや、世界観と呼ばれる代物に似ていなくもない。しかしその小宇宙は、修正や訂正の利く試論や思想と違って、一つ間違えばもろく崩れて、同時に自分の足場も崩れ落ちてしまうような、危ういナイーヴさを持ったものなのである。
 そのナイーヴな存在の影を捉え、日常的な世間へと引きずり出して提示してしまうのが詩である、と言ってよい。詩人はそこに、一種の媒介者と化すのである。

 言わば青い花の世界の門番であると同時に、その世界に囚われて、一心同体になってしまう。これは、e-me(家ー神々の力)である言葉の成り立ちの基礎領域へと、詩人がどっぷりと漬かってしまい、一体化しているという意味である。その力に呼びかけられ、その力を自分のものとして感じているからこそ、詩人は詩作する。その力、ミューズの庇護に見放されれば、詩人という存在は、あっさり終焉を迎えるのである。
 何もミューズの庇護である必要も無い。とめどない感情の流浪であったり、ささやかな天変地異の形見であったり、あるいは灰色で硬い心象の中で、マンダラを描こうとするアケビのつるや腐食の湿地であったりする。
 ここで最後に述べているのは賢治のことであるが、詩人としての自己心象から語り始めるさいに、かれは自らを一人の修羅だと言ってはばからない。およそ仏門にある者とは思えない煉獄の世界のわだかまりを、彼は詩的モーメントとして捉えていたのだ。

 世に知られた偉大な詩人であるほど、この力は強力に詩人を捕らえ、蝕む。場合によっては、あらぬ世界へ連れ去ってしまう。
 ネッカー河のほとりで、連れ去られた心の隙間に、その何も無い空間に住まうように、ヘルダーリンは余生を生きた。手を引いてくれる娘でもいなければ、彼が尋ねる散歩道さえ、彼にとってはすでに未知なものであっただろう。
 ハイデガーが繰り返し取り上げたヘルダーリンの余生は、詩業が必然的にもたらしたものなのであるかもしれない。

 つまりバーチャルな世界というのは、もともと未知の、危険な力の世界なのだ。
 文化的な世界にのみ安住する者は、ある意味で、詩人になれない運命を持つ。未知の力を感じ取れない、普通の人だからである。
 しかし時代が変わったのだ。人々はバーチャル世界の無数の扉を、いたるところにある共有ネットの中で開けてしまったのだ。
 詩人として注視するだけでなく、同時に盾持つ者として振る舞わなければ、あなたもこの未知の力に翻弄され、あらぬ場所へと連れ去られてしまう可能性も出てくるのである。カササギ色の夜は近い。





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最終更新日  2005年06月30日 19時56分00秒
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