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同窓会で、哲学科の仲間に出会った。年齢相応に組織のトップとなって活躍している方が多いのだが、コンピュ-タ-をいじってきたのは、どうやら小生のような軽輩者だけで、そんな暇も無いというのが世間の普通の社長、親方たちに共通の事情らしい。会長のような地位の人は、出てくる暇も無かったようだ。
中でも住職となって、ずっと檀家に引導を渡してきた人たちが自信にあふれ、面構えがよかったのが印象に残っている。若いころ、もともと彼らには僧職を継ぐという覚悟のようなものが見受けられたのだが、親の反対を押し切って西洋哲学や教育学を学ぼうとしていた連中である。当時はやんちゃな、あるいは好きなことをやって遊びほうけていた方が多かったように思う。誰も金がなくて、アルバイトびたりだったのは共通していたのだが。 若いころ、金に苦しんで放蕩三昧をして遊んだことが、人生の終末を仕切る仕事にはプラスとなっているのだ。毎日の講話や講演、人生相談などのためか、頭の回転も衰えるどころか、若いころより活発になっている風に見受けられた。 小生も毎日日記を書いて、彼らに負けないように頭の訓練をしていかにゃあ、と思った次第である。それにしても、遊び方が足りなかったのは、いまさら反省しても遅いけど。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年01月09日 16時03分09秒
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