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2006年05月23日
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カテゴリ:庭園論
 個々の珍しい石が、山に見立てられて中心に配置される。そんな単純なものではないのだ。珍しい石、例えば太湖石の見事な景色や、それらが組み合わさって醸し出す、独特の神仙風景が目的というわけでもない。空しさを積み重ねたような、黄石の忍従の意志が紡がれた物語性が期待されているわけでもない。
 中国庭園には、明らかに木石を使って性愛を表現しようとするような、仙界へのエモ-ショナル化された目的と、珍奇なものを集めて愛でるコレクターの心情が読み取れる。つまり極めて世俗的、かつ人間的なのである。
 日本庭園には逆に、叙情的あるいは叙事詩的な意味での、情緒のかけらもない。

 また世間ではよく言われるのだが、四季折々の風情を庭の空間に表現して・・・というのも、本当かなと、首を傾げたくなる。
 四季折々の自然の風物を愛でたり、そのための余裕の空間が形成されていたりするわけではないからである。現代の庭園はそうかも知れないが、伝統的な日本庭園に、そんな表現の美術的意図や自然礼賛のテ-マは見て取れない。むしろ日本庭園は素朴な自然をとことん刈り込んで整形し、自然にあるまじき配置や植栽をして捻じ曲げ、広大な空間を、日当たりが悪く見通しの悪い、湿っぽい路地裏にしてしまうではないか。

 散り敷かれたヤブツバキが作る緊張の美的シインがあっても、日本庭園の主題は、その「永遠の美」あるいは「瞬間の美」ではないのだ。むしろ時の移ろいのはかなさや、こころの置かれた緊張の状況を振り返る、求道の場でしかないように感じる。耽美的なものや個人的な意志表現、ロマンチ-クな思想などが忍び込む余裕の空間は、遊びの空間であるはずなのに、まるで皆無なのだと。

箱庭の中の寄せ植え箱庭。





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最終更新日  2006年05月23日 21時44分31秒
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