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カテゴリ:哲学研究室
ここではポリス(国家)というノモス(法)の淵源をソクラテスが認め、彼が死刑を選んだのではない。
法の淵源など無い、ということを言い張ったため、哲学という反法の理念が国家の秩序を乱すものとして、殺され、消された、ということなのである。 哲学は知恵や知識を若者たちの頭に植え付けたり、国家の理念を教育したり、絶対の真理を主張したりは、絶対にしないのである。法の淵源を示すことなどもありえない。 それは理念であるから、悪霊同然のふるまいをする。わが内なる道徳律(カントの言)として、汝これをなしてはならぬ、と自分に禁止はする。 しかし、汝これこれの真理を教え広めよ、と命じることはありえない。宗教ではない。 別の理念を仕立てることなど、ありえない。 パイデイアの理念と同じで、若者が学ぶことのできる「模範を示し」はする。しかし若者が知恵や知識を学んだりして陶冶訓育されたりするのではなく、成るべきものになるだけである。その手助けをするだけである。 理念(イデー)は必ず共有のモノである。これは後の時代に聖アウグスチヌスが述べた。 イデーは神でなければダイモニオンで、つまりは悪霊なのであるが、共有でないものを共有させたり、存在しないものを存在させたりはしないのである。 ソクラテスが見出したフィレイン・ト・ソフォン(知恵への親愛)は、特定のソフィア(知恵)への愛(エロース)ではないのである。ロゴスという「無知を知ること」へ、いざなうのみである。 それを国家権力が被害妄想で殺したのである。ソクラテスの論議によってノモスの基礎が揺らぎ、自らの権力基盤を心配した人々が、それを誤魔化すために殺したのである。しかし貴族の地位は低下し、アテナイの民主化への動きは食い止められなかった。 この象徴的な出来事は、その後の多くの哲学者たちの運命ともなった。 多くの者が殺され、また殺されなくても口封じをさせられた。 プラトンもデカルトもカントも、そして二十世紀のハイデガーもまた、殺されぬよう気を配り、口封じをさせられながらも、生き抜いた哲学者である。 まっとうに言い訳したいことを言っていると迫害され、殺される。不幸なことだが、それが未だに哲学者の運命なのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年02月07日 06時52分54秒
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