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2013年11月28日
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カテゴリ:哲学研究室
 メーは、プラトン哲学が述べるメー・オンのメーであり、意味や記号の中で差し招くモノではない。対象として見据えたら無、なのである。
 時間を逆に未来に見立ててしまうから、意味が差し招くように見える、だけである。
 時間というのは、過去から今までの直感の形式に過ぎない。シェーマ(図式)なのである。これはカントが、哲学の最高峰である「純粋理性批判」という図書で明確にした。
 そして未来には時間は、未だすでに無いのである。ハイデガーが「存在と時間」という、20世紀最高峰のあの大著を通じて、明確にしたのである。

 空間も同様であると、小生は主張したい。
 これは自然界に普遍的にある「存在者の存在」の延長概念ではなくて、単に私があることの場所を示す直感の形式にすぎない。欧米の人々は、デカルトを読み間違っているのである。プロテスタントの、お茶会の陰謀で読んでいる。
 空間は彼らが主張するような延長ではなく、時間と同じ、まったく同一のもので、認識判断の形式が乖離して、別のモノのように見えているだけ、である。これに関しては、アインシュタインという、数学に囚われた悪魔と同じ意見である。
 個々に対象化して特定のモノに基準代置すれば数学にも利用できるが、それだけのモノである。基準の誤謬に負うものとなる、ということである。

 モナドロジーの企画、つまりコンピューティングにおいては、時間を逆に未来に立ててしまっているので、未知の意味が、道を差し招くように見える、のである。
 つまり形而上学的課題が、そこには見える。天地創造の課題がある、のである。
 神々の力が、メーがそこで働かされている。働いている、のではない。働かされている。
 まさにオート・「メー」・ションの企画に載せられて、インスタンスに励んでいる。
 メー(神々の力)であるはずなのに、自動企画にはめられて際限なく再現に励んでいる。際限は再現と全く同一の意味なのだが、そういった「意味」が企画されてしまっている。
 クラスによるインスタンスは、まさに「ミ・メー・シス」の概念が奴隷化されて「再現」となった立て-組みの、つまり自然環境の、モノなのである。
 メー・オンなモノである。ニヒルな無なのである。





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最終更新日  2013年11月28日 06時16分23秒
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