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カテゴリ:政治経済
トゥーラーンは、暗い地域概念だと言われる。
これに対し、アーリアというのは、高貴な人々、と自らを尊称する明確な血の純粋さをうたう概念。 印欧語族の自己尊称理念のコト、なのである。地域や宗教や人種とは、何の関係もない。部族の自己尊称理念。 したがって、小生の意見はナチスの御用学者の意見に近いことになる。 但しアーリア人種など、ないと思っているし、さらに日本人は、そこには絶対に含まれないとも思っている。日本人はトゥーラーン系であっても、アーリア系ではない。 ナチスは同盟した手前、黄色い日本人を、なんとか名誉白人に含めてくれようと必死だった。 抱合語を持つアイヌという原日本人が白人で、だから日本人はアーリア系なんだと、ムリを押した。 それだけではなくて、トゥーラーン系の諸族と同盟していた手前も、あった。 縄文時代に殖民してきた古いアイヌ族が白人系であり、古い植民者であったとしても、日本人の主流とは無関係である。アイヌが、その印欧語族であった形跡も薄い。 アイヌは、人の意味だという。ア(は)イン(イシンの出)、という出自を誇っているようにも思える。だが、これは自己尊称ではない。 列島へ吹き溜められた幅広い人々の一員である出自を、遠い過去の栄光の片鱗を語っているにすぎない。 エミシの一部は明らかに白人だったし、今でも秋田、青森には目の青い日本人が居る。しかしアーリア人とは関係ない。 高貴な人々、といった「自己尊称の文化」を、そもそも列島へと命からがら、たどり着いたどの種族も、一切持てなかっただろうからである。これはヨーロッパへ流れていった白人たちも同様である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年06月23日 05時39分56秒
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