|
カテゴリ:歴史・文化
この破滅と崩壊は、実は百済や高句麗にも、もたらされた。
そして問題の新羅もまた、地蔵菩薩の理念を伝えて統一新羅という超大国となり、半島で生き延びるかに見えたが、結局、それを捨ててジュウ教に乗り換えてしまって破滅したのである。 極東地域に、古い歴史が、まるで伝わっていないのは、陰謀が繰り返されたからである。ぐちゃぐちゃになって、見えなくなってしまった。 百済も、もとは倭国連合の一員であり、たぶん多羅系の種族が中心だった。 辰王に有名な七枝刀を献上し、強大な国家となってからも、辰王を背後で盾になって支える一員だという自覚を保っていた。将軍職だった。 いつの時代にか、これが崩れた。 七枝刀もまた、自ら権力の中枢の移動を追って、いつの時代にか列島に渡った。 メノーラを祭る種族の一つであった百済もカネに目覚めて、隣人をむさぼるようになっていったということである。 もちろん、これを最初に始めたのは、ソラボルの秦城に拠る秦人たちだった。 彼らは高句麗の勢力を呼び込んで、隣人を貪ろうとした。 高句麗もまた、過去に自国から辰王によって持ち出された権威を取り戻したい。 それで起こったのが倭人たちと秦人、高句麗のゴタゴタであると思う。 シロ国は高句麗軍勢力を手引きして倭国に攻め込み、広大な領域を切り取った。 しかし倭国は団結してこれに対抗し、逆にソラボルは倭国連合軍に占領されてしまうことになる。 特に阿羅軍が大活躍したようだ。 ここでシロの王の血筋が、朴氏から、その配下の昔氏に変わる。 昔氏は高句麗に逃げ込み、再び高句麗の大軍とともに侵攻してくる。 このときの高句麗はなんと、二正面作戦をやったのである。 百済も倭も同時に叩いた。 最も豊かなソラボル地域は占領され、シロが回復された。 多羅軍も加羅軍も阿羅軍も撃破されて逃げ、辰王はその権威を失って、地方に篭った。 倭国連合はバラバラになり、以後は、この三つの勢力がダラダラと抗争を続ける時代が来る。 ** アクセス数が、ひところの4分の1になった。みなさん惨めな自分の過去やアイデンチチイの由来には興味がないようだ。これがワカランと立てた対象もワカランはずだが。 ** あるしおん・ぷれあですの言うマトリックスというイメージは、オイラの言う立てー組(ゲシュテル)だとわかった。この人、案外ハイデガー学徒の同窓かも。 ** 中国株の暴落が止まらん。影響が怖い。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年07月04日 06時49分21秒
コメント(0) | コメントを書く
[歴史・文化] カテゴリの最新記事
|
|