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2016年01月20日
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カテゴリ:哲学研究室
 西田先生がやってきた哲学は、論理を使って実在をぶっ壊して無知へと至る、いわゆる普通の哲学とは違うことを、こののち解説書は述べている。
 哲学の概念が、ちょっと西周風ではあるが。
 実在論ではなくて、実在の生成の形式がすでに論理的なのだと。
 これは先験的実在論だと、いうことだろう。
 しかし時間空間への反省がないのだから、超越論的実在論となる。

 これが真の弁証法だと、先生は言っていると。
 形式論理では、生命を含む世の中のモロモロは説明できないと。
 世の中のモロモロを説明するのが、哲学の目的、だったのか?

 違うでしょう。
 弁証法(言い訳)が目的となったら、それは修辞学へと落ち込む。
 超越論的実在論が目的だったら、それはカルト宗教だ。
 こういった部分しか見ることのできないヘーゲル主義者のソフィスト人が、先生の弁証法には媒介がない、なんてことを言い出すのである。
 先生の論議は空虚で、何も説明できとらんじゃないか、と。

 言い訳のなかに、他力としての第三者を見ることのできない人は、無責任弁証法に媒介を求める。
 第三者を、本当に第三者として、自分勝手に連れてくる。

 単純に言うなら、常に合目的、形式論理的思惟しかできないので、時間・空間的予定契機を、求める。
 先生の弁証法は、実在の論理化であると同時に論理の実在化なので、媒介が介在するのではなくて、無時間的、無空間的に、単に「ある」のである。
 つまり、完璧なニヒリスムスなのである。

 ヘーゲルの弁証法というニヒリスムス論理を、完璧に読み解いて解体して、見せてくれて、無知の知へと導いてくれているのである。

 「ヘーゲルの推論式というものも、(哲学である限り)唯媒介的ではなくてして自己同一的なものである。(具体的なものは何もないが)弁証法は具体的実在の論理でなければならない」
 と、先生は述べている。()部分は、もちろん、ない。

 「真とは、実在のロゴス的表現」、というのもある。
 (ファクトウムの論議であっても)真(の形成部分)は、(媒介がもたらすのではなくて)、実在(へと自己統一をもたらす)のロゴス的表現(なんだ、と)。
 弁証法が、対話という向き合った矛盾関係のように見えて、実は自己統一なんだと。

 知識や説明への、事故統一ではない。
 無知の知への自己統一である。





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最終更新日  2016年01月20日 13時54分27秒
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