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2016年04月13日
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カテゴリ:哲学研究室
 では社会全体を学問として考えることが、できんというのか。

 できません。社会全体などというモノは、ない。
 目的を立てて、それに沿った技術方法を構想することはいくらでもできる。
 しかし社会を導く新しいパラダイムに向けた学問知識の集積、なんてのは、まやかしである。魔術への誘い込みである。

 時間・空間というモノに対する認識が、その基礎から逆立ちしてしまっているので、社会全体が、ある見えない未来の方へ、まとまりつつ動いているように思い込んでいる。
 その方向を指し示し、仕組みを理解させ、新しいパラダイムとして提示することが、この形而上学の目標だと。

 とんでもない。
 目的は過去に明確に打ち出され、しかも隠されている。
 魔術が仕組まれ、擬似哲学やテロで人々の不安を煽り、個々のモナスたる子羊を柵に沿って誘導して、あたらしい血絞り場へと追い込んでいるだけである。
 社会を研究するのなら、その目的と対象を明確に示すことである。
 形而上学をやってはいけない。

 目的と対象を明確に示そうとすれば、必ずや、哲学的反省なしには、それが不可能であることに気がつくはず。
 だから哲学を殺した人々は、殺したのは過去のパラダイムであって、哲学など、もともとなかった、それは未来にしかない、などといい始めた。

 パラダイムとは、「ある時代に支配的な物の考え方・認識の枠組み。規範」らしいが、そんなものはないのである。形而上学と、いいかげんな世間常識があるだけ。
この言葉は「アメリカの科学史家クーンが科学理論の歴史的発展を分析するために導入した方法概念。」
 ユダ特有の考え方だが、「科学研究を一定期間導く,規範となる業績を意味する」という、この解説が正しいと思う。
 本来、業績から過去を歴史記述認識する言葉であって、未来を向いた言葉ではない。

 物の考え方・認識の枠組み、規範、などというものと、もちろん哲学は無縁だが、彼らの常識は形而上学的認識が哲学なので、社会が行き詰れば新しいパラダイムを必要とすることとなる。
 社会全体を学問として考えることに固執し、なおかつ反省なく自らの目的を隠し続けるので、世間常識を導こうとするイメージ操作やビジョン誘惑は大変な作業となる。
 これが戦争や革命を引き起こすのである。






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最終更新日  2016年04月13日 06時34分54秒
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