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2020年09月12日
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カテゴリ:哲学研究室
未来志向だけの人は、予定という虚無主義の奴隷なんだと、オイラ思う。
 光嗜好の人は、影の濃淡しか見えない気の毒なデジタル奴隷。
 知的にイメージすることはできても、水墨画の世界にすら入れない。
 環境思想を気にする人は、環境と道具的契約関係にある。
 つまり機械奴隷だし。
 やはり、形而上学的全体の世界観に頼るだけの、カーネル二進法神の奴隷。

 世の中にはほかにも、神智予言、自然、宇宙人、心理学といった黒魔術が、あふれている。
 みんなみんなで、これのコックリサンごっこ、やっている。
 選ばれし者になってる、そのつもりなのだ。
 ぜんぶ大本の導師は大本。
 ユダヤ人世界の、三つ目魔術なのである。
 現代風に言うと、心理学的情報工学、だってこと。
 おおもとはマーク・ウルトラあたりだろう。

 毎日を生きるのがせいいっぱいの人には、そんな陰謀ごとにかかわる余裕はない、と思う。
 関わっているのは、熱心に働かなくても食える人たちだ。
 彼ら、カネで世間を支配する主人たちが、今は変革の時代に追い込まれている。
 そのことで、奴隷たちから、とばっちりがおきているわけだが。
 たとえばコロナ風邪とか、火事とか地震とか大洪水とか。
 トランプ親父とか。
 宵越のカネもたん江戸の庶民にゃ、関係ない出来事。
 しかし魔術に乗せられて地蔵菩薩願を捨てたら、今度は日本人の大本が終わりになる。
 それは間違いない。

 オイラの史観を超簡単に言ってみるなら。
 最初に宗教組織が据えられ。
 詐欺でできた史観と、隠蔽でできた契約で、裁きの三つ目庭を立てて。
 個々人を捕え、そのこころと労働と暮らしの搾取で、世間にいう権力階層が維持されている。
 共有の庭などは、隠され、世間から消されてしまっているのだ。

 その世界の官吏は、奴隷と武器とエネルギーと知識を商う、ユダヤ人。
 まあ、今日の資本家たちのことです。
 マルクスが暴露したから、これがみんな見えてるわけだが。
 そのマルクスの直前の時代に、奴隷官吏たちに大激動の時代があって。
 世界の実効支配者である、そのユダヤ人に、今は二派ができた。

 「敬虔主義者」と「フランキスト」との、熾烈な戦いが起こっている。
 そして実は、その対立を背後で操っている、「王族の主人たち」がいるようにも見えるのだが。
 国を超えての、彼ら王族の組織実態がほとんど読めない実情がある。
 そういった部分は、陰謀組織や偽装組織が絡んでいる。
 彼らによって、隠蔽できているためだ。

 タルムード絶対主義者、と、こころの内なる一意絶対主義者、が別々の陣営にいて。
 実はその背後に、それぞれのレビたちがいて采配している。
 さらにその背後の、王族権威組織については、闇なんである。
 イルミナティーだの、フリーメーソンだの、白龍会だのといった組織は、ほとんど世間には実態が見えない。
 オイラも知らない。

 権威の聖書絶対に対して、こころを導く光権威の絶対、と言い換えたら、あなたにも見えてくるだろうか?
 世間では、保守と革新、グローバルとリベラルの対立が有名。
 そういう対立構造を、背後をあえて闇にして、操っている連中がいるようにも見えるんだが。
 オイラにはその背後の姿が、わからない。
 古代アッシリア出のタンナー(皮剥ぎ師)たちであることは間違いないのだが。

 これはじつは、不完全なオイラ自身が史観を持つために起こってくること。
 選ばれし者、三つ目論者になってしまうために起こる、見せ掛けの出来事、なんだと思う。
 オイラの認識が、先験性を経験に求めるために起きてくる誤謬なんだと。

 つまり、庭が見えていない。
 そのことで起こる、時間空間、という感性ごとの、かけ違いが生じる。
 これで起きたビジョンやイコンやイメージ、なんだと。
 形而上学的史観がなければ、ゲシェーエン(生起)する隠れた構造など、見えないわけだから。
 人の特別な英知などという妄想も、これ(妄想)を信じなければ、隠れた構造など、見えてこない。

 しかし人とサルには決定的な差異など、ない。
 そのことはうっすら、わかる。
 実は、ノミや細菌と人の間にも、決定的な違いは、ない。
 ジャイナがいうとおり、自由を持つ生きとし生けるものすべてが尊いんであって。
 人間だけが尊い、なんてのは起こらない。
 人間だけの特権を言うそれは、一意の宗教、キリスト教特有の魔術。

 世界の共有を、聖書か、こころの光の導きか、に二分してしまうこの「第三の目の史観」こそがあって、それが形而上学を主張できる。
 そしてそれ(形而上学)こそが史観形成の大本である。
 人を奴隷にしてしまう曲者、なんだと思う。

 二つある、と言いながら、三つ目で一意にしてしまう、からだ。
 1と0だと、光と闇だといいながら、ネガチブを否定し、弁証法を持ち出す。
 聖書だと言いながら、あらゆる現実の出来事とは、無責任に距離を置くのだ。
 感性的なアプローチをなくし、ある、というそれすらもが客観だと主張する。
 ノモスの法か、こころのイデアか、どちらかを選べ、というわけだ。
 つまり奴隷になれ、ということ。

 かくしてソクラテスは殺された。
 オイラは法学概論を棒に振った程度ですんだ。
 オイラは単にどちらにも組したくなかったからだが。
 ソクラテスは明確に(自分の無知を)知っていた。

 法の奴隷にはなりたくないし、イデアの神の光に包まれて奴隷となり、ノモスの倫理とやらで、人の本性である自由を奪われたくはない。
 しかしアテナイは、やはり奴隷に落ちて、人々は売られた。
 哲学徒は、スコラの研究室にではなく、奴隷が売られるドラッグストアの雑踏に紛れて生きるしかなかった。
 オイラが、自分で真っ向から否定する、この形而上学的史観を世間に見せなければ、共有社会との接点も一切なくなってしまうのだ。

 だからここに、一つの史観を提示しいと思った。
 それが庭の形而上学という主題だ。
 未だ、いいかげんな論考。

 それは善と悪との対立や、光と闇、火と氷の闘争史観でもない。
 ある、ということは、存在者の存在がある、ということじゃないんだと、ネガチブに否定するだけのもの。
 世に出したいのは哲学である、形而上学ではない。
 対象ものに関する質料的知識を放棄して、自分の無知であることを知って。
 時間と空間へと「みつめ」られる、感性でできた庭があるにすぎん、とする史観である。
 オイラが三つ目を得て未来を見つめる、んじゃなくて。
 逆。
 過去から、オイラとしてみつめ「られる」。

 見えているのは過去のみだ、オイラという享有のみだ、と、オイラは考える。
 反省のようで、しかし予定ではない史観の核心部分だ。
 ヘーゲルのように弁証法を導入して、この史観に、予定を組み込んでしまってはいかんのである。

 それはロゴスとミュトス、二つの権能がウロボロスに絡まってでできており、決して一意にはなりえない。
 唯一にはならない、いつまでも怪しげな史観でもある、のだ。
 つまりオイラは、唯一の神を認めない。
 善だけの神、なんてのも、絶対に認めない。

 というか、神々には善も悪も、もともと無い。
 超越しとる、んではない。
 もともと、善も悪も、ない。
 神の方は、ありなしでいうと超越になっちまう。

 オイラが認めるのは、過去の日本人が持っていた地蔵菩薩への信仰だけである。
 遠い過去の日本人は、善悪思想すらも持っていなかったと思う。
 善悪というのは、人が自分のこころに対して持つ倫理上の判断のこと。
 一意の自分のこころを唯一の神と対峙させないのであれば、いらんものである。
 自分だけの享有のものであっても、善悪とか所有とか、富とかの概念が完璧にはできとらん。
 道徳のない倫理共有など、もともと虚無だと考える。
 それを享有する場を虚無にして、共有社会に持ち出せる、そんなものでもない。
 現代はそれをやるのだが。

 神々に対しては、人は誓約の場を取り繕うことができるのみ、だと思っている。
 神については、知ることもできない。
 捌き、掃き捨てる、そのことができるのみ。
 神事で共有できるが、その神事の有職故実は失われてしまっているのだと。

 人は本性として悪であると思う。
 弱肉強食が世の摂理、だからだ。
 だからがゆえに、スピリットに純粋化すれば、人は必ず悪魔になる。
 そうならないようにするには、地蔵菩薩信仰が要るのだ。
 だからこれは、善悪を学んで、できたあとの、新しい時代の理念だと思う。
 オイラは運命も認めない。
 が、もし一意にすれば、必ず虚無主義に落ち込む運命にある、とも言えるのだ。

 西洋の、王族とユダヤ人の支配階級者たちが、今は、それに落ち込んでいる。
 見えないサンヘドリンが、悪の権化の悪魔が居る、のではなくて、彼ら支配階級者たちを虚無主義が導いている。
 過去に出た共産主義者は、洋の東西とも、悪魔だったのだが。
 それを撲滅にかかったナチスも。
 それと同盟した日和見左翼麻薬業者たちも、フリーメイソンの二重スパイたちも。
 彼らを踊らせて儲けようとした、民主主義者を装った詐欺師たちも悪魔だった。
 人の世は、悪魔だらけなのである。

 今も、集会禁止の民主主義者だとか、投石レンガを用意して回る革新リベラルだとか、科学主義のイルミナティだとかいった、悪魔ばかりがいる。
 社会全体で、ニヒリスムスの虚無に墜ち込んで、そうなってしまっているのだ。

 こんどはそれを、電波ピピピ包囲で茹で上げるらしいが。
 電波ピピピの専門家は、科学主義のイルミナティしかいない。
 なので、彼らがレビになる。
 みんな組織の奴隷なので、専門家会議となると悪魔連立会議とあいなる。

 カルチャーも、カウンターカルチャーも、奴隷主義の旗手。
 これがニヒリスムスの、「運命という意味」、なのだ。 
 運命と制度奴隷の意味も、ほぼ同じ。
 摂理の奴隷に従わない、菩薩願の意味も同じ?。
 いえいえ、人の本質は自由なので。
 奴隷制度には、もともと馴染まない、というだけである。

 わかりにくいと思う。
  これは破綻した序の構想なので、いずれ書き直す。
 類似の主張を、忘れてた自分の過去に見つけたので紹介。
 これを庭の形而上学の序に持ってくるかもしれない。

  地蔵菩薩・アシャへの道の願い
https://plaza.rakuten.co.jp/tikudenmura2/diary/201709150002/?scid=we_blg_pc_lastctgy_3_title





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最終更新日  2020年09月12日 08時32分33秒
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