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カテゴリ:哲学研究室
おぞましい優生学事例で世に知られたのはナチズム。
彼ら担い手は実は、骨の髄までキリスト教的です。 同時に原始の、ブロンドの野獣。 自然が生む超人も、追い求めます。 積極的キリスト教、ともいうそうです。 オレたちは神に特権を与えられてる、という思想。 コレを、別名特許権益だと言ってた人がいた。 大賛成。 キリスト教独特の「特権理念」が常に先立ち、先導。 それによる知性と感性、双方の統一特権を求め、大事にするのです。 生の特権、領域での特権、「唯一存在することの特権」、これらの主張なのです。 オイラの言う、三つ目特権のこと。 おいらが(たまたま)生きていること、それゆえの存在、だとは考えないのです。 特権で生きていると思っている。 有限な存在、ということを、彼らは理解しようとしません。 もともと諸行無常だとは思っていません。 これがこうじて。 ナチスは、超人を人造で作り出そうともしていました。 死ぬことが決まっていそうな人に、治療は無用。 ほっときなさい。 札つけてチェックしてある、生き延びそうな人から先に治療しなさい。 という思想。 弱肉強食は世の摂理。 ゲルマン人は優秀だから、粗悪なスラブ人は奴隷に、という思想。 ユダヤ人を、最も危険な敵だとみなして。 優先的に殺せ、としていました、というのが世に流布。 ところが、よく調べるとおかしいのです。 実はナチスが殺したのは東欧のユダヤ人。 それも、親戚が多いとか、夫婦の一方だとか、じつに不完全なユダヤ人だったのですが。 この問題は、ここでは、ほっときましょう。 追及しているのは、ナチズムの持つ優生学の本質。 その側面、じゃありません。 ちなみに、カトリックは、その正統派キリスト教とは別物と思われてますが。 この理念を、世に受け入れられる普遍的な組織にして、地上に実現せんと追及したキリスト教。 普遍、かつ組織優先のキリスト教だ、と言っていいでしょう。 プロテスタントは、これを個人主義にして、個人特権へと推し進めたキリスト教です。 教会組織だけじゃなく、個人のこころに実現させたかった。 実はこれらに、ユダヤ教が深く絡んでいるのですが、それも今は、ほっときましょう。 カトリックでは、理念より宗教的実践のほうが先です。 ローマ教皇という、「宗教組織の政治体制」が、何よりも優先されます。 グノーシス思想を嫌います。 一なる神の英知とは、実践的にのみ一体化されん、とする宗教。 修道院や宗教組織や政治体制抜きには、成立しないのです。 だから、ユダヤ教との、ぬきさしならぬ関係は、隠し続けます。 プロテスタントは別名、清教徒、ともいいます。 肉体や感性から解き放たれて、自己の経験からも純粋化して。 ただただDNAになって、神に近づこうとする連中のこと。 だからmRNA打っても平気なのです。 特権はきらいかというと、大好き。 キリスト教徒だから。 反ユダヤ主義徹底のルター派と、ユダヤ主義容認というか、一体派のカルビン派。 カルビン派では、もはやユダヤ人と差異があんまりなくなります。 世に言う、宗派がちがう、というくらい。 組織的実践なんぞより、「個々人の宗教心が大事」だ、とするグループなのです。 普遍性を追い求めず、知性と感性の間に見いだされる原罪も一切無視します。 倫理観がおかしい連中、というのが、いいのかも。 軽挙や救済に、まっしぐら。 さて、ナチズムは反ユダヤ主義だ、と言う意見もあるけど。 その意見だと、ユダヤ教の本質を見ていないと見誤る、と思います。 キリスト教の論議では、ユダヤ教は普通、でてこないからです。 このユダヤ主義を一言でバッサリ言うとすると。 「現実主義」と言っていいでしょう。 宗教の話ではなく、彼らの思想の話です。 彼らは自分たちを隠すので、そんな論議は、あまり聞かないのですが。 但し「唯一神の現実主義」です。 これを抜かしてはいけません。 唯一神。 オイラたち多神教徒には、そんなの考えることすら困難ですが。 これも今は二通りあります。 エイン・ソフという、自らの魂の英知を絶対視する、フランキスト派と。 聖書への敬虔な崇拝を絶対視する、超正統派ユダヤ教です。 この両者は戦争中です。 ナチズムが、彼らとは正反対だ、というのです。 ナチスは現実無視で、魂の英知や聖書への敬虔さも、持ち合わせていないと。 この意見は実は、真っ向から否定できるでしょう。 ナチズムを貶めんとして、連中は反ユダヤ主義だと言ったのでしょうか? 違うと思います。 これがユダヤ人のウソなのです。 この主張は、現実主義者のユダヤ思想の人たちが、自分たちとナチズムは違うのだというプロパガンダにすぎないのです。 この宣伝のことを、別名、情報魔術ともいいます。 特権思想で、現実を独り占めしたいユダヤ人が、ナチスの持つ優生学思想を論議したくないばかりに持ち出した、隠ぺい工作なのです。 弱肉強食は世の摂理。 つまりこれは、唯一神の理念が共通して持つ摂理です。 キリスト教もユダヤ教も持ち合わせた、奴隷制度特権上の摂理なのです。 何が言いたいのか、ハッキリ言いましょう。 優生学というのは奴隷制度と特権主義でできていて。 その本質は、キリスト教やユダヤ教の本質だ、と言いたいのです。 同じものだと。 一神教の特徴なので、ミスラ教もミトラ教も、ゾロアスター教もマニ教も同じです。 優生学とナチズムの本質は、キリスト教やユダヤ教の本質と同じもの、なのです。 実践主義、個人主義でできていても、必ず現実至上主義を含んでいます。 その現実情報に魔術や統計などの時空がどう絡んでいるか、ですが。 これらは唯一神であるがゆに 存在の有限さ、などは一切、認めないのです。 ナチズムは、骨の髄までキリスト教的です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年12月15日 10時49分53秒
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