講義のあとにはちょいと一杯?
「水兵リーベ僕の舟」と言えば、言わずと知れた元素の周期表の覚え方ですね。字の当て方は人それぞれだと思いますが。医学生だと「嗅いで、見る、動く、車の、ミツは、外」と言うのがあります。これは脳神経の覚え方です。私の最近のお気に入りは英語版のこれです。“How I need a drink, alcoholic of course, after the heavy lectures involving quantum mechanics.” 英語の言い回しとしては不自然なところもあるのでしょうが、意味は取れます。私流に訳してみれば、こんな感じです。「量子力学に関する難しい講義のあとでは是非とも一杯やりたいね。もちろん酒だよ」。 これはやはり何かの覚え方なのですが、何の覚え方なのかは最後に回す*として、文字通り講義のあとでは酒を飲むものだと信じ込む人が居たらどう思うでしょうか。 かけ算の順序については以前にも書いたのですが、こだわる人たちを見ていると、覚え方と事実を混同しているように見えます。 本来は、かけ算を習得するための教育法として、ひとつ当たりの数といくつ分の数を区別し、前者を先に書くことにしたのでしょう。それがいつの間にかかけ算のルールだと言うことになってしまったようです。たとえばこんな授業が行われています。(リンクはすぐに切れると思われます)2×8ならタコ2本足 耳が3本生えたウサギや、足が2本伸びた宇宙人のようなタコ……。吉川先生の算数には、なんともへんてこな動物が登場する。手作りのパネルシアターだ。引き算や足し算、かけ算などに応じていろんなキャラクターが移動する。 「場面が変化することで、視覚から算数を学んでほしい」 3年4組はこの日、2年生で習ったかけ算の意味を再確認することになった。以前、「あめを3個買います。1個5円のあめを買うと全部でいくら(何円)?」という問題に、「3×5」と答えた子がクラスの半分以上いたからだ。これだと、「3円のあめを5個買った」ことになってしまう。 「何のいくつ分」という考え方を分かってもらうのが、先生のねらいなのだ。 ◇ みんながパネルシアターを見るのは初めて。カエルやテントウムシ、信号機、ミカンなどの中から、先生がまず選んだのはピンク色のウサギ。ぺたぺたとパネルにくっつけていくと、「かわいい!」「なんではりつくの?」。 ウサギを3羽貼った先生が問いかけた。「ウサギが3羽います。ウサギの耳は二つずつあります。耳は全部でいくつでしょう。式はどうなりますか?」 解答用紙に真剣に向かうみんなの間を回り、「3×2」と書いた子どもたちを見つけた。教壇に戻った先生は「3×2にすると、いったいどうなるでしょう」。最初のウサギ3羽をはがし、別のウサギ2羽を貼った。 新しいウサギにみんなはびっくり。頭から耳が3本生えている。しかも、しかめっつら。「ありえない」「こわいよー」。悲鳴で教室は大騒ぎになった。 「3×2だと、耳が3本生えたウサギが2羽、ということになるよ」と先生。 次は、タコを使って、同様のかけ算に挑戦だ。 「タコが2匹います。それぞれ足は8本。全部で足は何本?」。「2×8」と書いた子どもたちを見つけた先生は、しめしめという顔で、足が2本のタコを8匹、パネルに貼っていった。「宇宙人みたい」「タコじゃない」。あちこちでつぶやきの声が上がった。 「2×8でも8×2でも答えは同じ。でも、意味は全然違うよ。文章をよく読んで考えてとくことが大切だね」と先生は話した。 ◇ 最後に、代表してだれかが問題を作ることに。手を挙げた男の子が選んだのは、真っ赤なテントウムシ。パネルに7匹貼った。「テントウムシが7匹います。テントウムシには足が6本あります。全部で足は何本あるでしょう」 今度はみんなが「6×7」と答えられた。 「ちなみに7×6だとどうなるかな」と先生が言うと、出題した男の子は棒状の黒いフェルトをテントウムシの足の部分に一本ずつ追加していった。先生は「足が7本になっちゃった。テントウムシは昆虫の世界から出て行かなければいけなくなっちゃうよね」。 「かけ算の意味って、すごく大切。数字の順番でなく、何のいくつ分か考えてとくのを忘れないでね」。みんなは先生と約束。「前と比べて、かけ算の意味が分かるようになった人?」。そろって手が挙がった。(有山佑美子) かけ算を習うのは今は2年生のようです。順序にこだわることが本当にかけ算の習得に役に立つのだとしても、それは2年生限定でしょう。交換法則を習った3年生に順序を守らせる意味などありません。たとえばタコ2匹分の足の数の数え方ですが、こんな図を考えてみましょう。タコ1 足 足 足 足 足 足 足 足 タコ2 足 足 足 足 足 足 足 足3年生になれば 縦×横 も 横×縦 も同じと言うことは知っています。2×8 だろうと 8×2 だろうとどちらでも良いことは明白です。単に計算結果が同じだからではなく、どちらも同じ、等価だと言うことです。 一見異なっているように見えるものが実は同じものと見なせる、等価である、と言う抽象化は、算数や数学にはとても大切な概念だと思うのですが、わざわざ教育機関がその芽を摘んでどうするのでしょう。*各単語のアルファベットの数を並べると、円周率πになります。3.14159265358979もちろん近似値ですが。