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オキナワの中年

オキナワの中年

98年沖縄文学 回顧

1998/12/25 琉球新報  

 平成七年度下半期の『豚の報い』(又吉栄喜)に引き続く形で、『水滴』(目取真俊)が芥川賞を受賞し、『風車祭』(池上栄一)が直木賞最終選考に名を連ねるなど、何かと話題の多かった昨年に比べ、今年の沖縄文学は極めて静かに推移した感がある。しかしそのような静けさの中で、沖縄の文学は確実に新しい方向性を模索し始めていることも事実であるように思われる。
 まず目に付くのは、目取真俊の精力的な活動である。年頭の『軍鶏』(『文学界』新年号)に始まり、『魂込め』(『小説トリッパー』夏号)さらに『ブラジルおじいの酒』(『小説トリッパー』秋号)と矢継ぎ早に発表された作品群は、『水滴』に提示された世界の深化という面からとらえることが出来る。このうち最も明瞭(めいりょう)に『水滴』を引き継ぐのは『魂込め』である。意識を失った「幸太郎」の口中にヤドカリが入り込むという奇妙な設定、さらにそのヤドカリが、戦争で死んだ幸太郎の母であったという結末。沈黙と身体性によって紡がれる寓話(ぐうわ)的な仕方で「戦争」に接近しようという試みは、戦後五十年を経て、もはやどんなに現実的な言葉を用いようとも決して語り尽くすことの出来ない「戦争」というモチーフの継続のあり方を示している。通常、出来事を抽象的な解釈に向かわせるアレゴリーという手法を用いつつ、逆に具体的な実感にいたるという目取真文学はここに一つの到達点を示したと言えるのではないか。
 又吉栄喜『波の上のマリア』(角川書店)は映画の原案に出発したという特殊な事情があり、小説そのものに対する言及は少ないが、沖縄文学の困難性と可能性を示す一つの例を示している。この作品は一九六〇年前後、占領下沖縄を舞台とする作品であるが、支配者アメリカ対沖縄と言う軸だけではなく、朝鮮人女性など沖縄のマイノリティーに対する目配り、米兵との友情もしくは愛情、そこにユタなど土俗的なモチーフが絡んでいく。しかしあまりの多様性が、全体としての像を結びにくくしているという点は否めない。「オキナワ」という多様性をいかに描くか、それは豊穣(ほうじょう)なモチーフであるが、あまりに多様であるが故に大きな困難性を背負っていると言わざるを得ない。また今後も活発化するであろう映像表現と文学との相互交流については現在製作中の『豚の報い』が注目される。
 長堂英吉の『黄色軍艦』(『新潮』十月号)は、琉球処分以降日清戦争へと至る時期の「琉球王国復興運動」を取り上げ、「沖縄戦」と占領下オキナワという二つのモチーフに収斂(しゅうれん)しがちな沖縄文学のもう一つの可能性を示した。大城立裕以来とも言えるこの試みは、モチーフの宝庫といっても過言ではない「沖縄」の可能性を明瞭に示している。この観点から言えば、混血児の視点を取り入れた下地芳子の『アメリカタンポポ』(『文学界』六月号)、性転換というモチーフを共同体の問題にからめた勝連繁雄の『神様の失敗』(九州芸術祭・沖縄地区優秀作)など、沖縄文学の枠組みは確実に広がっている。
 沖縄文学をどのようにとらえるのか、という活発な議論が行われたのも今年の特徴である。一つは沖縄の小説における「方言」使用の問題である。『うらそえ文芸』第三号では「座談会 沖縄文学と方言活用について」という特集を組んだ。長年実作者としてこの問題と格闘した大城立裕は、現在の「安易な方言使用」に警戒を呼びかける。地方性・異国情緒という物珍しさの中に沖縄文学を追い込みかねない危険性と、方言抜きでは語り得ない独自の感性や土俗性との対立。また嶋津与志が語るように、文学における「方言」と現実の方言との差異、また仲程昌徳の提示する現実の生活の中では薄れ行く方言そのものの危機など、「方言」使用の問題はこれからも一つの重要な軸となっていくことであろう。
 もう一つは沖縄文学の普遍的な広がりの問題である。シンポジウム「アメリカにおける沖縄研究の現状とその可能性」(琉球大学)ではスティーブ・ラブソン、マイケル・モラスキーらそうそうたる沖縄研究者を招き多様な議論が行われた。先述した沖縄文学における方言の問題に加え、近年世界的に注目されているポスト・コロニアル(旧植民地からうまれる新しい文芸潮流)と、沖縄文学との関連をめぐる白熱した議論は興味深かった。世界的な文学の流れと沖縄文学との共通性と差異性は、沖縄文学そのものの持つ個別性と普遍性の問題と重なっていく。追立祐嗣「アフリカ系アメリカ人の文学と沖縄文学」(沖縄国際大学公開講座)など比較文学の視点も今後さらに重要になっていくものと思われる。かつての日本文学の中の沖縄文学というテーマから、世界文学における沖縄文学という視点が、来年以降実作の中でどのような展開をみせるか、興味は尽きない。
 (沖縄国際大学助教授・近代文学)




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