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三人寄れば文殊の知恵

南予・伝説の霊場(41番~43番)

観自在寺からはルートが三つあります。

一つは国道を通る道、私は行った事がありません。
もう一つがなだ道と呼ばれていた遍路道です。
柏坂という峠を越えていきます。
私も一度だけ行った事がありますが憶えていません(汗)
大空遊歩さんの日記を参考にしてください。

もう一つが、篠山越えです。
以前の日記で篠山の話をいたしましたが憶えていらしゃいますか?
忘れた方はこちらまたはこちら

観自在寺から戻る様な形で一本松町に入っていきます。
国道を県境まで戻り、県境に沿って北へ向かうのが一番
判りやすいのですが、遠回りなので
ショートカットすると大変です。

まず食料の調達が困難な上に、道が分かりにくいです。
一度は工事中の道を進んで行き止まりになったことがあります。

篠山の麓の集落に歓喜光寺というお寺があります。
名前からすると聖天(歓喜天)さんをおまつりする
密教系の寺院ですが、現在は曹洞宗(禅宗)です。

ここに篠山観世音寺の本尊さんが本堂の左から奥に入った
ところにある権現堂というお堂に安置されています。

境内にはお大師堂もあり弘法大師も祀ってありますが、なんと
お大師堂は当時は物置になっていました!
住職に「物置にしているんですか?」と聞くと「ええまあ」と
あいまいな答えをしていたのが気になりました。
現在はどうなっているでしょう?

歓喜光寺から篠山へ登ることになりますが、麓の登り口から
山道では6キロの登り(3~4時間位)です。
春と冬は登山道が通れますが、5月位からは草が生い茂り
登れませんので、長い自動車道を通らなければなりません。

また、宿も問題になります。
私はテントを持っていませんでしたので、1度は山中の神社で、
もう一度は山中のキャンプ場?のようなところで泊まりました。

山中での泊まりはテントを持っていたとしても、さすがに
恐ろしいので人には勧められません。
何故かここには縁があったようで問題なく過ごせました。
一本松の宿から向かった場合でも篠山をお参りして津島側に下ると、
宿があるところまでたどり着くのは不可能です。

どちらにしても歩きで目指すには野宿を前提としなければ
ならない難所です。

さらに輪をかけて怖いのが私が四度篠山にお参りしながら、
上った後の向こう側の津島側に下る登山道を
確定していないことです。(汗)

津島町の地元の人に聞くとあるそうです。
また、篠山の5万分の1の地図を山頂で登山者からいただき、
その人に下る道を教えてもらいましたが、
わかりませんでした。(汗)
つまり4度山中で迷った!のです。
よくぞ無事で帰れたと思います。

一度などは完全に道のないところに入り込んでしまい、
かといって引き返す道も分からなくなるという
恐ろしい状況に陥ってしまいました。

日が暮れてきます、もう帰れないかもしれない。
そう思ったそのとき、どこかから鐘の音が聞こえてきました。
「おお~麓は近い!」無我夢中で藪の中を抜けました。

すると200メートルほど進むと林道に出て、その林道を延々と
下って暗くなってから麓に出ました。

今考えると何故鐘の音が聞こえたのか?
不思議で仕方ありません。

次は延々と徘徊した挙句再び林道へ
今度こそと思ったところ2度は車道へ(汗)

そこまで苦労しながら何故篠山道を通るのか?

私は四国を巡拝している間に何度かお寺に宿を
お願いしたことがあります。

宿といっても軒か縁側を貸して欲しいとお願いするのです。
半分くらいは断られました。

ところが、何故か不思議なことに十一面観音菩薩が
本尊のお寺に限っては断られませんでした。

また、お寺でお接待を頂いたりすることがありますが、
本尊様が十一面観音菩薩のことが多かったのです。

実は篠山観世音寺の本尊様は十一面観世音菩薩です。

2度目の巡拝の時にお大師堂が物置になっているのを
見てから篠山の本尊様がどうも
気になって仕方ありません。

篠山の山頂には神社があります、その少し下に
篠山観世音寺跡があります。

そこに正座して観音経を上げました。
そのとき風が吹き抜けていきました。
それから十一面観音様に縁ができたような気がします。

篠山の山頂には不思議なことに水が湧いており、
枯れることはないといいます。

真念法師の道指南には夜ごとに竜馬が水を飲みにやってくる
とも書かれています。

篠山観世音寺は明治の廃仏毀釈の時に廃寺となり、
神社とされました。

土佐は廃仏毀釈が激しくいくつかの札所もつぶされましたが
後に復興しています。

これだけのお寺が何故復興されなかったのかは今もって謎です。

しかし現在でも弘法大師が創建したというにふさわしい
数少ない霊場の一つです。

ところで篠山を下ると、岩淵というところに出てきます。

ここに満願寺というお寺があり、観自在寺から「なだ道」
「中道」「篠山道」に分かれた3つの道が
ここでジョウゴのように絞られます。

この満願寺は『四国遍路道指南』において
真念法師がこう書いています。

「この寺八十八カの中にあらずといえども、大師草創の梵宮にて、
その上は大伽藍なりしが、破壊年久しくつくるになんなんとす、
今出す所の霊場記、この道指南両通の料物を集め、
彼寺を修理せんことそれがし天の別願なり」

このお寺は現在禅宗寺院です。
私がお参りしたときに住職さんが掃除をされていましたので
手伝いました。
そのあと本堂をお参りしようとすると、
「もう掃除したから、本堂はお参りしなくても良いですよ」
といわれました。

住職さんの話によると掃除をすることによって本堂を
お参りするのと同じ功徳があるということです。
学校の先生をしながらお寺をお守りされている方で、
面白い方でした。

ここには行基菩薩ゆかりの二重柿というものがあるそうです。
天然記念物で、柿の中に小さな柿が入っているそうです。
面白いことに、この枝を他所に挿し木しても、種を植えても
普通の柿しか生らないそうです。

また、薬師堂の前にきれいな苔が広がっていました。

お遍路さんなら一度はお参りしたい霊場です。

満願寺を出ると宇和島まではすぐです。

宇和島まで来ると鉄道もありますし、南予の中心都市ですから
久しぶりに町らしいところが感じられるでしょう。

宇和島には和霊神社があります。
札所でも番外霊場でもありませんが、せっかくだから
お参りしてください。

ここから稲荷と呼ばれる41番札所の龍光寺までは小さな山を
越えていき、盆地のようなところにあります。

ここは本尊十一面観音ですが、もともとは稲荷を祀る稲荷宮です。
本堂と大師堂の間に上へ登る階段があります。
その上に稲荷さんが祀ってありますのでぜひお参りしてください。

また不思議なことに、ここの本尊は江戸時代の
ミニ八十八の石像には本尊地蔵菩薩とあります。

某研究者の方にその話をしましたら、ただの間違いと言われました。
ところが、私の発見したのは一ヶ所ではありません。
三ヵ所で確認しております。
何らかの真実が秘められていて歴史の扉を開けることになるのか?
(商売柄大袈裟です)
それともただの間違いか?

江戸時代のミニ八十八自体(お砂踏み場)が
あまり現存しておりません。
情報をお持ちの方はお知らせください。

また、夕方にこのお寺にお参りしたことがあります。
そうすると、付近の方がお散歩に来られていました。

「今日はどこで泊まる?」と聞かれましたので、
「その辺で野宿でも」と答えました。
それならうちに来なさいと言われ泊めて頂きました。
その方はお遍路さんを泊めるのは初めてだったそうです。
他にもお遍路さんを泊めたことのないところで、
何度か泊めて頂きました。大変感謝しております。

41番稲荷から、42番札所の仏木寺、
さらに43番札所の明石寺まではすぐです。

仏木寺から明石寺へ行く前に歯長峠という山越えがあり、
それを下って宇和方面へ向かうのが一般的ですが、
余裕があったら、野村町のバラ大師永照寺を尋ねましょう。

ここはお大師さんが四国へやってきたとき、この地で
野宿しましたが、バラのトゲのために眠れず一晩が十夜に
感じられたそうです。
そこでお大師さんは法力でバラのトゲを封じ込めたと
伝えられています。
それ故ここは十夜野と呼ばれています。

ん~どこかで聞いたような話だと感じられた方は鋭い!
十夜ヶ橋の話にそっくりです。

それはさておき、以前にも四国霊場の不思議についてお話しました。
食わず貝三度栗大師二重柿
しかし、ここは凄いです!
トゲのないバラが自生しています。

しかし、そのバラを他所へ移すとトゲのあるバラに変わり、
「恐ろしいたたりに見舞われる」と言われています。
事実トゲなしバラに興味を持ち、ひそかに持ち帰り植えたところ、
トゲのあるバラが生えてきたため、あわてて送り返してきた人が
沢山いると住職から封書の束を見せられました。

ちょっと遠回りですが、ぜひ行ってみたいところです。

43番明石寺から44番大宝寺までまた80キロ位の
道のりがあります。

23番から24番と同じくらいの距離ですが、
慣れてきているためでしょうか
それほど長い距離には感じられません。

明石寺から山一つ超えたところが卯之町で、
古い町並みがあります。
余裕がある方はここで泊まってもいいでしょう。

国道56号線沿いに北上します。
すると途中に鳥坂トンネルという
とても長いトンネルがあります。
全長約二キロ、歩いて入ると30分ぐらいトンネルの中です。
このような長いトンネルは警戒して避けていたのですが、
地図を見ると鳥坂「隧道」と書いてあったので、
そのまま入ってびっくり!

汗をかいているため顔も排気ガスで真っ黒になってしまいます。
それだけならいいのですが、もしトンネル内で火災でも
起ころうものなら逃げ遅れて必死です!
必ず迂回しましょう。

トンネルを越えると大洲です。
四国別格霊場7番の出石寺へ向かう場合はこちらから
向かう方法と、鳥坂トンネルの手前から
八幡浜に出てそこから向かう方法がありますが、
いずれにしても恐ろしく遠いです!

私は大洲と八幡浜と両方から行きましたが、いずれも
筋斗雲のように車がやってきて
載せていただいています(感謝)。
出石寺は弘法大師の三教指帰に出てくる
修行場の「金巌」ともいわれています。

こんな山の中になんでこんな大きな寺院がと思うようなお寺です。
宿坊もありますので山の中で一夜を過ごすのも
いいでしょう。

出石寺から大洲へ戻ります。
大洲は城下町で古い町並みが残っています。

大洲市の町外れに番外霊場の十夜ヶ橋があります。
ここはお大師さんが巡錫の折に泊まるところがなく、
この橋の下で野宿したところ寒くて一晩が十夜にも
感じられたということで十夜ヶ橋と名づけられました。

以前紹介したバラ大師と話が似ているでしょう。

この伝説から橋の下にはお大師さんが寝ているかもしれない
ということで、お遍路さんは橋の上では杖をついては
いけないといわれています。

大洲の人はお大師さんを泊めなかった冷たい人間だと
いわれていたので、以前は積極的にお接待をしたそうです。

また現在は知りませんが、以前この十夜ヶ橋には
お遍路さんの為の通夜堂(宿泊施設)がありました。
これもお大師さんが泊まるところがなくて困ったことが
関係しているといえるでしょう。
最近では十夜ヶ橋では野宿修行のための夜具を貸す?
ことをしていました。
何故お大師さんが寝れなかったところで野宿をするのか
気が知れません。

大洲を過ぎると内子です。
ここにも古い町並みがあります。
余裕があったらこのあたりはゆっくりしたいところです。素光

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