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売場に学ぼう by 太田 伸之

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Nobuyuki Ota

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2019.08.20
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CFDから一般企業に転じて以降しばらくの間、霞が関との関係がなくなりました。経済産業省のファッション関連の諮問会議に出席していたときの所管は「繊維製品課」、しばらく役所とは没交渉だったのでファッション関連の所管が「繊維課」になったとは知りませんでした。

 

ある日ビジネススクール設立時にお世話になった方からセミナー講師を依頼されて出かけたら、もう一人の講師がたまたまその繊維課の課長でした。山本健介課長と名刺交換したらその後電話があり、「お手間とらせませんからちょっと協力してもらえませんか」、と。繊維課が進める繊維製造中小企業の自立支援事業の審査でした。

 

沖縄返還の犠牲になった日本の繊維産業(日米繊維交渉によって対米輸出できなくなった)への補助金の余剰が150億円程度あり、これを産元商社やコンバーター依存から脱却して自ら販売チャネルを開拓する勇気のある中小企業を支援するプロジェクトでした。地方の組合や繊維の団体への補助ではなく、ストレートに個別企業に補助金を渡す、そのことで繊維業界の構造改革ができるという計画、その民間審査員をして欲しいと頼まれました。

お役に立つならと引き受けましたが、
これが大変な重労働、「お手間とらせません」なんて簡単なもんじゃなかった。各審査員には審査対象の中小企業およそ50社分の資料が段ボール5箱程度届き、各申請者の自立事業計画と過去3年の決算書類の分厚いファイルを読んで細部に点数をつけ、そのあと各審査員がつけた点数の上位企業経営者の面接、とんでもなく手間と時間のかかる作業でした。

 

しかも、国のお金ですから責任重大、審査員はインチキ臭い申請を厳しくチェック、30分の経営者面接では本当にやる気があるのかどうか、成功しそうな事業かどうかを問い詰めました。中には補助金が出たら高級外車を購入しそうな経営者もいれば、日本のものづくりを支援する補助金なのに中国や東南アジアに建設する工場に当てるのが見え見えの申請もありました。面接のやり取りで怪しいと感じたらきっぱり「不合格」、本気で自立を計画している前向きな事業者だけを選びました。

 

自立支援事業の採点と面接は結局4年間お付き合いし、合計すると自分が担当した事業者の数十件に「合格」を出しました。この中にはいまも強く記憶に残っている事業者が数社あります。

 

オブラートのように超薄手で軽く透けているポリエステルを面接会場に持ってきた天池合繊(石川県七尾市)、1メートル4,000円の値段にはびっくりしましたが、羽衣伝説のような不思議な布は魅力的でした。自立事業採択後、米国デザイナーがディレクターを務めていたラグジュアリーブランドLがパリコレで、オペラ座の衣装担当クリスチャンラクロアがオペラのコスチュームで真っ先に起用しました。

 

第一織物(福井県坂出市)の高密度ポリエステルとナイロンの開発、こちらには3年連続して支援決定。一見ただの化合戦なんですが、手に取ると肌触りが素晴らしく、布の落ちが良くて美しかった。社長自ら海外ブランドに直接アポを取って売り込む姿勢はまさに自立事業そのものです。ダウンのリーディングブランドMを始め、ヨーロッパのトップブランドがアウター用素材に起用してくれるようになりました。

 

非常に魅力的なベロアを持ってきた青野パイル(和歌山県高野口)の社長さんとは面接後休憩時間のトイレでばったり。本当は名乗っていけなかったかもしれませんが、トイレで名刺交換し「うちにサンプルを送ってくれませんか」とお願いしました。当時私はアパレルの社長、部下のデザイナーたちにこの薄いベロアを見せてやりたかったのです。薄さとぬめり、肌触りが半端なかったです。

 

渡邊パイル(愛媛県今治市)の申請資料の中の「取引先」欄にはなんと我が社の名前がありました。面接に来た社長は私の顔を見てこの取引先の社長とはわからなかったようです。なので、すっとぼけて質問しました。「この会社、いくつかブランドがありますが、どのブランドとお仕事なさっていますか」、と。しかし社長の回答は「ブランドまではわかりません」。面接後に社に戻り「渡邊パイルに仕事頼んでいるのはどのブランド?」と調べました。

 

渡邊パイルは銀行の貸し剝がしにあって当時経営は楽ではなかった、と後年社長自身から伺いました。しかし自立事業採択後に新しい機械を導入、意欲的な素材開発を進め、いまでは世界に冠たるラグジュアリーブランドCにファッション用、雑貨用ともに素材提供しています。

 

先日、その渡邊パイルに出かけました。数年前にお邪魔したときにはなかった新しいショールーム、業績が急上昇していることがわかります。ここで同社の生地で作られたCのシューズを拝見。貸し剝がしに苦しんでいた地方の繊維製造会社がいまでは世界のトップブランドと取引を増やしている。もしもあのとき補助金が出ていなかったら、おそらく現在の活躍はなかったでしょう。

 
  

新ショールームの前で社長のお子さんと記念撮影しました。姉の有紗さんはロンドンのセントラルセントマーチン校から帰国、弟の文雄くんはニューヨークで米国デザイナーらに日本製生地を売る会社で経験を積んで帰国、二人とも父親の仕事を手伝っています。近年地方の製造業では後継者問題に悩む会社が多いと聞きますが、子供が二人とも家業を継承してくれる、なんと素晴らしいことか。

 

ほかにも、自立支援事業補助金によって自ら販路を開拓し、世界のビッグブランドに織物やニットを納入している繊維会社が増えました。補助金は珍しくちゃんと結果が出たのです。あの自立支援事業は繊維中小企業に向けた最後の補助金でした。審査員は厳しく審査したので20億円ほどあまりが出たので将来繊維業界のためにつかえると思っていましたが、政権が民主党に交代すると例の仕分けで「埋蔵金」と見なされ没収されたようです。

前職でも度々セミナーで申し上げました。いくらコストが上がろうが、値段が高くなろうが、他社にはできない差別性ある良いものをつくっていれば世界は必ず認めてくれます。そのためにはメードインジャパンの火を消さない、素材だけでなく日本のファッションブランドにも強い思いを期待したいです。







Last updated  2019.08.20 11:22:26

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