極細メリノウール牧場を訪問
昨年秋に出会って以来懇意にしている中国コンサルティング金時光さんから「ニュージーランドの羊牧場に行ってみませんか」と誘われ、初めてニュージーランドに出かけました。Lake Wanaka湖畔のホテル裏庭オーストラリアのシドニー空港まで9時間、乗り継いで南島クイーンズタウンまで3時間のフライト。残雪の山脈に囲まれたクイーンズタウン、そこから車で1時間の近隣ワナカ湖畔の景色は実に美しく、まるでスイスアルプスに来たような印象でした。宿泊したワナカ湖畔のエッジウォーターホテル、部屋のテラスを出るとすぐ目の前はワナカ湖、庭にはカモが飛来、湖面を照らす日の出と山に沈む夕日を見ることができ、ひと言で言うなら楽園、バカンスなら最高気分だったでしょう。翌朝ワナカ湖から車で1時間くらいの所にあるFOREST RANGEという名の牧場主エマーソン一家を訪問、まずは羊の毛を刈り取る作業場を案内されました。1日一人約200頭の毛を刈るステージ1頭ずつ塊で陳列してありますエマーソン一家は創業150年の牧場、3代目ラッセルとジャネットご夫妻、4代目ご子息デイビッドから牧場のこと、生産しているメリノウールのことを詳しく説明がありました。おそらく一家の管理する土地は八王子市全域の広さとほぼ同じでしょうか、とにかく広いんです。彼らが管理する羊は現在14,000頭、最盛期には70,000頭いたと言いますからかなりの減産状態。が、減産してはいますがメリノウールのクオリティーを上げて量より質向上の努力をしていることがよくわかりました。年号ごとに毛の細さの進捗状況を表記作業場の壁にはGENETIC PROGRESS(遺伝的進捗)の表記、1982年から毎年メリノウール糸の細さがどのように推移してきたかがわかります。1982年が19.56マイクロメートル(1ミリの1000分の1の太さが1マイクロメートル)、現在は11マイクロンに到達したそうです。カシミヤの太さが約14から16マイクロン、一般的ウールが約19から24マイクロンですから、エマーソン一家が生産するメリノウールはかなりの極細繊維です。彼らのメリノウールがカシミアよりも細いとは想像していなかったので驚きでした。近年は羊毛の管理はバーコードとコンピュータ。飼育する羊の耳には全頭バーコードを付け、刈り上げたあとはそれぞれの羊の毛がどれくらい細いかを検査してデータを残します。下の写真のデータには、総重量が4.25kg、太さは11.0MICRONとありますから、この羊の毛はかなり上質だとわかります。この毛の塊からは超極細の糸が生まれます羊毛生産の現場もいまやコンピュータ管理ラッセルさんに聞きました。メリノ種の羊は毛を刈り上げた後24時間ほどで厚い皮下脂肪ができ、丸裸になっても寒さに耐えられる習性があるそうです。出なければ羊は風邪をひいてしまいます。春に気温が上昇する頃、この牧場では一斉に刈り取リます。そんな説明を受けていざ広大な牧場へ。我々が到着すると、遠くで群れをなしていた羊を牧羊犬(シープドッグ) ウエルシュ・コーギー・カーディガンが我々の目の前まで誘導してきました。飼い主さんが何を求めているのか理解している、実に賢いワンちゃんなんです。4代目デイビッドがさらに檻の中に羊数頭を追い込んで表の毛をガバッとめくって中の暖かくて白い毛を触らせてくれました。賢いワンちゃんが群れを誘導よく見ると1頭ずつ顔が違いますそのあと丘陵地帯をランドクルーザーで肌寒い山頂まで登り、眼下に広がる羊牧場や放牧するための山々を見せてもらいましたが、とんでもなく広くてびっくりでした。1,000メートル級の山頂付近にもたくさんの羊の排泄物が転がっていましたから、羊はこんな高い山頂まで登り、その寒さに備えるためもっと毛が生えてくるんだろうと素人の私にもわかりました。山から羊を追うのはワンちゃんだけでなく、時々小型ヘリコプターを使って麓まで下ろすそうです。左は3代目ラッセルさん、右は息子のデイビッドさん久しぶりに目にしたウールマークかつてウールを世界に広めるための広報宣伝部門IWS(国際羊毛事務局)という機関がありました。羊毛公社が牧場から羊の毛を買い上げるとき1頭につき1ドル(ポンド?)をプール、その資金を使ってウール製品を製造する会社にIWSは補助を出し、アパレル製品にはウールマークの下げ札が付いていました。1980年代後半中国解放政策で中国人がオシャレをし始め、将来の中国需要を見込んで羊毛公社は羊毛増産を計画。ところが天安門事件で需要が一瞬鈍化、大量の原毛在庫が増え、IWSが補助金を出すことが難しくなってウールマーク下げ札は売り場から消えました。当然原毛生産現場では減産が始まり、オーストラリアやニュージーランドの生産者は窮地に。おそらくエマーソン一家が70,000頭を飼育削いていたのはこの頃ではないでしょうか。その後もリーマンショックやコロナウイルスの不景気もあり、さらに地球環境の変化で天候不順もあったでしょう、150年の間には山あり谷ありだったと思います。近隣牧場主は牛の飼育を開始してリスクヘッジしましたが、エマーソン一家は牛の生産には手を染めず、先祖から受け継いだ広大な土地で羊だけ飼育する道を選び、少しでも良質なメリノウールを生産しようとこれまで努力してきました。山を登る羊たちそして、ニュージーランドの国立大学大学院を卒業後ニュージーランドの羊毛洗浄機械の最大手に就職してから母国に戻った中国人エンジニアと信頼関係を結び、エマーソン一家は原毛の大半を中国に出荷するようになったと聞きました。今回牧場視察を勧めてくれたのはこの中国人エンジニアとビジネスパートナーの金さんです。エマーソン一家の上質メリノウールをアパレル製品化し、世界に販売したいというのが彼らの夢なのです。先祖代々の仕事を守る純朴なニュージーランド人、それを支援する中国人エンジニアとビジネスパートナー国籍を超えた友情を目の当たりにして、日本人の私もお手伝いできることがあると思いました。素晴らしい景色に癒され、真摯なものづくりと友情に触れ、短い滞在でしたが充実した出張でした。