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tobi-umeさんの今日の日記で、江原さんのメッセージが紹介されていて、
ハッとさせられました↓ 「「適職」で食べていくためのお金を得て、 「天職」からたましいの喜びを得ることが、 理想的な生き方なのです。」 このメッセージによって蘇ってきたのは、ターシャ・テューダの言葉。 ↓先日、ある書店にディスプレイされていた、伝記の帯に書かれていたものです(あやふや)。 「私は職業画家です。 絵を描いていたのは、金銭をもらって、ただ一個の球根を買うためでした。」 ターシャは絵本作家をしながら、イギリスの田舎で19世紀のスロウライフを実践している女性。 ターシャの手入れするガーデン、暮らしぶりの美しさには、本当に圧倒されます。 素晴らしい絵本を数多く描いてきたターシャ。 彼女にとってはまさしく、絵を描くことは「適職」、 そして、スロウライフを送ることが「天職」なのでしょう。 適職が天職に、天職が適職に、与え合うものがあっての、さまざまな仕事なんですね。 「適職」=「天職」でなくてもいいんだ。 お金を稼ぐ仕事と、たましいの喜びを得る仕事と、分けてもいいんだ・・・。 「一銭の得にもならないことをどれだけ続けるかで、その人の人格が上がる」 「ヨガを続けるために、弁当屋を始めた」 とおっしゃった、ヨガの向井先生の言葉も思い出されます。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 私の「天職」は、人と人、人と場所、何かと何かを「つなぐ」ことなのではないか、 と感じています。 本田健さんの言うところの「どれだけやっても苦にならない」好きなことは「つなぐ」仕事。 今は「子育てとなり組プロジェクト」を行う中で、たましいの喜びを得ています。 そして「適職」は、絵を描いたり、デザインをしたり、編集したりすることなのかな。 金銭を得る、という目的で考えると、なんだかんだ言ってこの辺りで・・・。 「絵を描くことで社会的ミッションを果たす!」とか、そういう気負いがなくても、 お金をいただくために、絵を描いたりしていくこともアリなんですよね。 写真家のMOTOKOさんなんかは「天職」=「適職」なのですね。 写真を発表することで社会にメッセージを送り、よころびを得て、かつ金銭もいただく。 そういう人もいる。 でも、そうでなくてもいい。 新たな視点をいただいたことで、さまざまなことがつながりました。 春はもうすぐ。 自分なりにやれることから動いていきます。 通園・通勤用に、まずは「ふらっか~ず」買わねばな! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.02.28 21:54:48
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