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頑張れ東北！みちのくの光は消えず～2003.1.1

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全39件 (39件中 1-39件目)

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人こそ宝

　「照千一隅」というコトバそのものではないが、その由来になったと思われる話なら、司馬遷「史記」に次のようにある。威王二十三年、与趙王会平陸。二十四年、与魏王会田於郊。魏王問曰、「王亦有宝乎？」威王曰、「無有。」梁王曰、「若寡人国小也、尚有径寸之珠照車前後各十二乗者十枚、奈何以万乗之国而無宝乎？」威王曰、「寡人之所以為宝与王異。吾臣有檀子者、使守南城、則楚人不敢為寇東取、泗上十二諸侯皆来朝。吾臣有眄子者、使守高唐、則趙人不敢東漁於河。吾吏有黔夫者、使守徐州、則燕人祭北門、趙人祭西門、徙而従者七千余家。吾臣有種首者、使備盜賊、則道不拾遺。将以照千里、豈特十二乗哉！」梁恵王慚、不懌而去。　（｢史記｣田敬仲完世家）　威王の24年（前358年）、会見の席で魏侯は「あなたも財宝を持っているでしょう？」と威王に聞いた。威王は「持っていない」と答えた。魏侯は「我が国は小国ですが、それでも車12台分の長さを照らすほどの光を放つ径1寸の珠を10枚は持っています。どうしてあなたが持っていないと？」と問うた。威王は「私の考える宝は、あなたが言うそれとは違う。家臣の檀子に南城を守らせると、楚人は攻めてこなくなり、泗上の12諸侯が皆、朝貢するようになった。眄子に高唐を守らせると、趙人は河の東まで来て漁をすることがなくなった。黔夫に徐州を守らせると、燕人が西門に、趙人が北門に集まるようになり、7000余もの家が従うようになった。種首に盗賊を取り締まらせたら、道に落ちている物さえ拾う者がいなくなった。これらの宝は、千里をも照らす事ができますよ。車12台どころでは」と答えた。これを聞いた魏侯は恥じ入り、去った。　昨日のブログで触れた「山家学生式」にも「径寸十枚、是れ国宝にあらず」とある。真の宝は「物」ではなくて「人」なんだと、最澄も言いたかったのだ。　※威王…田因斉。のちの斉王。鄒忌を相国、田忌・孫臏を将軍として、政治改革と軍事力強化に成功。最強国の魏と対峙し、桂陵の戦い（前353年）、馬陵の戦い（前341年）に大勝して、魏を衰退させた。前334年、斉王を自称した。　※魏侯、梁恵王…姫罃。のちの恵王。宰相の公叔痤が推薦した公孫鞅（商鞅）を登用せず、秦への逃亡を許した結果、商鞅の手腕で急速に強国化した秦の侵攻を受け、徐々に領土を削られた。馬陵の戦い（前341年）で斉に大敗すると、すかさず侵攻してきた秦にも敗れて魏都の東遷を余儀なくされたため（安邑→大梁、現在の開封）、梁王とも呼ばれた。

2023年09月08日

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梅の花

　「嘉辰令月」というコトバがある。「嘉辰」は「めでたい日」、「令月」は「めでたい月」で、合わせて「めでたい月日」だが、要は「縁起が良い日々」「縁起が良い歳月」ということである。新元号に決まった「令和」に期待されるのは正しく、「めでたく、平和に」という願いの実現である。　菅義偉官房長官は「万葉集」が出典だと言っていたが、それはすなわち、同書巻五の「梅花の歌」の序文に拠る。　初春の令月にして、気淑（よ）く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披（ひら）き、蘭は珮後（はいご）の香を薫らす　「梅花の歌」は、大伴旅人（おおとものたびと）が催した梅花の宴の際に詠まれた32首を集めたもの。大伴旅人は「和何則能尓宇米能波奈知流比佐可多能阿米欲里由吉能那何列久流加母」と詠んだ。漢字の音を借りた万葉仮名で記されているので、現代的には「わが苑に梅の花散る久方の天より雪の流れくるかも」と読み、「屋敷の庭に梅の花が散る。遙かに遠い天の高みから雪が流れて来るようだ」と解することになる。梅の花びらが散る様を九州の雪の軽やかさになぞらえたものだが、暗に「都の雪とは降り方が違う」と言いたいのだろう。　大伴旅人は藤原氏と長屋王の抗争に巻き込まれ、神亀5年（728）頃に太宰府へ左遷された。宴には山上憶良（やまのうえのおくら）も参加していて、「春さればまず咲くやどの梅の花独り見つつや春日暮らさむ」と詠んでいる。二人して望郷の念に駆られていたのだろうか。ちなみに、九州国立博物館の入口に、旅人の歌碑が立てられている。

2019年04月01日

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三三五五（さんさんごご）

李白の七言詩に「採蓮曲」というのがある。　　　若耶渓傍採蓮女（若耶渓の傍採蓮の女）　　　笑隔荷花共人語（笑いて荷花を隔て人と共に語る）　　　日照新粧水底明（日は新粧を照らして水底明らかに）　　　風飄香袖空中挙（風は香袖を飄して空中に挙がる）　　　岸上誰家遊冶郎（岸上誰が家の遊冶郎）　　　三三五五映垂楊（三三五五垂楊に映ず）　　　紫騮嘶入落花去（紫騮落花に嘶きて入りて去るも）　　　見此踟厨空断腸（此を見て踟厨して空しく断腸）　｢採蓮曲｣は本来、蓮（はす）の根を採る秋の労働歌だが、李白は、蓮の花が咲き柳の葉が茂る晩春の歌に変化させている。どこの誰とも分からない遊冶郎（粋な若者たち）が馬に乗って垂楊の葉陰に消え、顔を赤らめつつ踟厨（ためらい）がちにその後ろ姿を見送る花摘みの娘たち。実に繊細な描写ではないか。　ところで、ここに出てくる「三三五五」は、あっちに三、こっちに五という具合に人や物が散らばっている様を示している。決して「三月三日に五十五歳になる人が居る」（このブログの主だったりして。はは）という意味ではないので、そこは誤解の無いように。

2016年03月03日

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「出た、出た」

日本語の文字表記については、埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣銘「辛亥年」（471年）や和歌山県隅田八幡宮の人物画像鏡銘「癸未年」（443年か503年）の研究から、5世紀には、漢字の音を借りて表記する方法が確立していたという。「獲加多支鹵大王」を「わかたけるのおおきみ」（＝雄略天皇）と、「意柴沙加宮」を「おしさかのみや」と読ませる如くである。ほかにも、難波宮跡で発見された652年以前の木簡の「皮留久佐乃皮斯米之刀斯」（はるくさのはじめのとし）という文言の記録や正倉院文書の分析を通じて、7世紀には、この表記法が実際に使用されていたと確認できる。　この表記法を万葉仮名（まんようがな）と呼ぶのは、「古事記」（最古の歴史書）・「日本書紀」（最古の正史）・「万葉集」（最古の和歌集）に用いられたから。これらは文庫本で出ているが、自力で読み進めるのは大変だ。大学で書籍講読の授業でも受けるのでなければ、一般の人がその文章に触れる機会はほとんどないのではなかろうか。　漢字の音を借りると言っても、日本語には音読みと訓読みがあるので、パターン化はできない。音読みには「以＝い」「呂＝ろ」「波＝は」とか、「安＝あ」「楽＝ら」「天＝て」のように一字一音対応の単純なものだけでなく、「信＝しな」「覧＝らむ」「相＝さが」のように一字二音対応のものがあるし、訓読みに至っては「慍＝いかり」「下＝おろし」「炊＝かしき」のような一字三音対応のもの、「嗚呼＝あ」「五十＝い」「可愛＝え」「二二＝し」「蜂音＝ぶ」のような二字一音対応のもの、「八十一＝くく」「神楽声＝ささ」の如き三字二音対応のものがあったりと、ややこしいことこの上ない。　ただ、高校教師として日本史や国語の指導をした経験から言えば、「万葉集」に見られる戯書・戯訓の話は、生徒にかなり受けた気がする。上記の例で、「二二＝し」「八十一＝くく」となるのは「２×２＝４」「８１＝９×９」から来たものだし、「蜂音＝ぶ」は蜂の羽音（ブブ、ブー、ブーン）の表現であるのは、少し頭を使えば分かる。「馬声＝い」と読ませるのは、当時の人々が馬の鳴き声を「ヒヒーン」ではなく「イイーン」と聞いていたからではないかと、橋本進吉が「駒のいななき」（橋本進吉博士著作集4『国語音韻の研究』所収）という一文の中で指摘している。従って「馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿」は「いぶせくもあるか」と読むことになるのだが、心が晴れないという意味の「いぶせし」をこのように回りくどく、しかも五月蠅そうな動物が立てる音を借りて表現するとは、いかにも戯れという感じがするではないか。　ワタシの部屋は数日来の寒波で水道管が凍結し、台所やトイレの不便に悩まされたが、今日は暖かくて、やっと水が出た。こんな時に「山上復有山、山上復有山」という冗句を言うぐらいの心の余裕は、無くさないでいたいと思っていたりする。

2014年01月18日

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守るべきもの

季札はそもそも王家の血筋である。兄3人（諸樊・余蔡・余昧）が次々と王位につき、ついに自分の番となったが、「諸樊の子が継ぐべきだ」と言って相続を断り、みずから諸侯への降格を受け入れたほどの人物である。誠実という点では折紙付きとも言えるが、この話をなぜ持ち出してきたかというと、代ゼミの名物講師として鳴らした多久弘一の『漢文楽話』（ちくま書房、1999年）に、美智子皇后についてのこんなエピソードを見つけたから。　（「季札挂剣」の話の後に続けて）作家として詩人として一世を風靡した佐藤春夫が、朝日新聞に「美の世界」と題して週一回執筆した。美智子妃殿下（当時）はこれを愛読されて、新聞を切り抜かれ大切に保存された。これを聞いた春夫は、「美の世界」が本になると、特装本第一号を妃殿下に献上し、その時に妃殿下の切り抜きのお下げ渡しを願った。妃殿下は快く承認されたが、皇太子殿下とともにスペインの親善旅行へと旅立たれた。帰国されて春夫の死を聞かれ、急いで霊前へ供えるべくお約束が実行された。二重の箱に収められ、使者は東宮職参与の小泉信三博士である。その箱の題字に博士が筆を染められた。「季札挂剣」と。　佐藤春夫がこの世を去ったのは、昭和39年（1964）5月6日のこと。約束を守った美智子皇后はもちろん偉いが、その意を汲んで粋な計らいをした小泉博士の千両役者ぶりにも、応分の拍手を贈りたい。ちなみに、昨日10月20日は、美智子皇后の79回目の誕生日である。

2013年10月21日

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季札挂剣（きさつ、けんをかく）

司馬遷『史記』は紀伝体で書かれた歴史書で、帝王の事跡や国家の大事を叙述した「本紀」12巻、諸侯など世襲の家柄のことを書いた「世家」30巻、人臣の伝記や諸外国の事を列記した「列伝」70巻のほか、「表」10巻、「書」8巻から成っている。このうち「世家」第1巻の「呉太伯世家」に、有名な「季札挂剣」（きさつけんをかく）の一節がある。　季札之初使、北過徐。徐君好季札剣、口弗敢言。季札心知之、為使上国、未献。還至徐、徐君已死、於是乃解其宝剣、系之徐君冢樹而去。従者曰「徐君已死、尚誰予乎」。季子曰「不然。始吾心已許之、豈以死倍吾心哉」。　季札初めて使いするに、北のかた徐を過ぐ。徐君、季札の剣を好むも、口に敢えて言はず。季札心に之を知るも、上国に使ひたるが為に、未だ献ぜず。還りて徐に至るに、徐君、已（すで）に死す。是に於いて乃ち其の宝剣を解きて、之を徐君の冢樹に系（か）けて去りぬ。従者曰く「徐君、已に死す。尚ほ誰にか予（あた）ふるや」と。季札曰く「然らず。始め吾れ心に已に之を許す、豈に死するを以って吾が心に倍（そむ）かんや」と。　要約すれば「一度は剣を献上しても良いと思ったのだから、献上の相手が死んだからといって、自分の決心を翻す口実にはできない」ということで、義理堅いというか、潔いというか。こういうのを読むと、昔の中国の人は偉かったという気がしてくる。

2013年10月20日

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とぶとりの飛鳥

「飛鳥」と書いて「あすか」と読ませるのは、奈良県の明日香（あすか）の枕詞が「とぶとりの」だから。その用例は『万葉集』巻1第78番の元明天皇「飛鳥　明日香能里乎　置而伊奈婆　君之当者　不所見香聞安良武」（飛ぶ鳥の　明日香の里を　置きて去なば　君があたりは　見えずかもあらむ）などにある。　ところで、ある人と話をしていて「明日は旅行。飛ぶ鳥跡を濁さずだから、部屋を片付けないとねぇ～」と言われ、「飛ぶ鳥じゃなくて、立つ鳥でしょ。元の意味を考えてよ」と言っちゃって、ちょっとした論議になった。　ワタシが好きな三省堂『大辞林』には、○飛ぶ鳥跡を濁さず＝「立つ鳥跡を濁さず」に同じ。と簡単な記述しかなく、これじゃあ、本当のところが判断ができない。　小学館『日本国語大辞典』には、●飛ぶ鳥跡を濁さず＝立ち去る者は、あとが見苦しくないように始末すべきである。立つ鳥跡を濁さず。●立つ鳥跡を濁さず＝立ち去る者は、自分のいた跡を見苦しくないようによく始末しなければならない、また、退き際のいさぎよくきれいであるという意。　戦国期に成立した『日葡辞書』には「タツトリモアトヲニゴサヌ」とあるようだが、辞書的には「飛ぶ鳥も～」も「立つ鳥も～」も同じ意味に扱って、両者の併用を許容しているようだ。しかし、本質的には「飛び立つ鳥が、その居た跡を消していく」というところから出発したコトワザであるから、「飛ぶ鳥」＝「飛んでいる鳥」ではなく、「飛ぶ鳥」＝「飛び立つ鳥」である点は、よく理解しておいてもらいたい。はは。

2013年10月16日

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青でも白でも

江戸中期の俳人で画家としても有名な与謝蕪村（よさぶそん、1716-84）の句に、　　易水にねぶか流るゝ寒かなというのがある。易水は中国・河北省を流れる川で、太行山脈北部の五廻嶺に源を発し、大清河に合流する。戦国時代、燕の太子丹（たん）に秦の始皇帝（しこうてい）の暗殺を依頼された荊軻（けいか）が、　風蕭々兮易水寒　壮士一去不復還　　　（風蕭々として易水寒し　壮士ひとたび去ってまた還らず）と口遊む場面は余りに有名だ。　蕪村は、その広大かつ勇壮な情景の中を一本の「ねぶか」、つまりは「ネギ」が流れていくイメージを脳裏に描いているわけだが、何ともユニークな発想だ。ちなみに彼は現在の大阪市生まれで、西日本を中心に活動した。関西では柔らかい青ネギ（葉葱）の方が好まれるというが、だからといって、風味の強い白ネギ（長葱・根深葱）が出回っていないわけではない。冷え込んだ易水には、白い色の方がより映えるであろう。

2008年06月03日

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生みの親より　その二

閔子騫の孝行譚は「芸文類聚」第20巻（人部・孝）に、次のようにある。　閔子騫兄弟二人｡母死｡其父更娶｡復有二子｡子騫為其父御車｡失轡｡父持其手｡衣甚単｡父則帰｡呼其後母児｡持其手｡衣甚厚温｡即謂其婦曰｡吾所以娶汝｡乃為吾子｡今汝欺我｡去無留｡子騫前曰｡母在一子単｡母去四子寒｡其父黙然｡故曰｡孝哉閔子騫｡一言其母還｡再言三子温｡【対訳】閔子騫は二人兄弟だった。母が死に、父は再婚したが、新しい母にも息子が二人いた。子騫が父の車を御していたとき、子騫は轡を失った。父が子騫の手を取ってみると、子騫は薄着をしていた。帰宅後、父は継母と連れ子を呼んだ。手を取ってみると、厚着をし、暖かかった。それで父は「私がお前を娶ったのは、子どもたちのためだ。しかし、お前は私を欺いた。ここから去りなさい」と継母に告げた。しかし、子騫は「母がいれば私一人が薄着をするだけで事は済むが、母が去れば四人の子が寒さを感じることになる」と言った。父はことばを失った。それで皆が言うのだ。「孝行」とは閔子騫のことなのだと。その一言で母は許され、二言で三人の子が暖まるとは。

2008年03月06日

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生みの親より

儒教の祖・孔子（こうし）の門人の中で特に優れた十人を「孔門十哲」（こうもんじってつ）と呼ぶが、徳行で知られる閔子騫（びんしけん）は、継子いじめの当事者としてよく知られている。三省堂「大辞林」には、次のようにある。　ある冬、継母が自分の生んだ二人の子にだけ綿入れを着せた。　父が知って離縁しようとしたが、子騫は母がいれば一子のみが　凍え、母が去れば三子が凍えるといって継母を感悟させた。孝行話を集めた「二十四孝」に出てくるエピソードだが、なるほど、これは確かに良くできた子どもには違いない。

2008年03月05日

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熱いうちに

藤原正彦『祖国とは国語』（新潮文庫、2006年、400円+税）の中に、こんな一節があった。・日本には至宝ともいえる文学遺産がある。万葉集、徒然草、　方丈記、平家物語、奥の細道から始まって、藤村、朔太郎、　犀星、中也に至るまで、文学王国日本は宝の山である。・これだけ豊かなものを小中学校の教科書に導入できない理由　は、第一に漢字制限である。・第二に子供に対する阿（おも）ねりがある。（中略）子供へ　の迎合が国語教科書を平易で軽い作品ばかりにしている。ゆとり教育が導入されるにはそれなりの理由があっただろうが、詰め込み教育にも長所はあった。同じ本の中に、ノーベル物理学賞を受賞した物理学者湯川秀樹が「幼少の頃、訳も分からず『四書五経』の素読をさせられたが、そのおかげで漢字が恐くなくなった。読書が好きになったのはそのためかも知れない」と語ったエピソードが記されているが、そこまで行かずとも、子供のうちに鍛えるべきは鍛えるという姿勢は、現代の教師にも親にも求められていよう。

2008年02月20日

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団菊左

河竹黙阿弥（1816-93）は5世鶴屋南北に師事し、360もの歌舞伎脚本を残した。明治に入って活歴物・散切狂言も書いたが、何と言っても本領は世話物である。明治22（1889）年、東京に歌舞伎座が建設されると、9代市川団十郎（1838-1903）5代尾上菊五郎（1844-1903）初代市川左団次（1842-1904）らが、争って黙阿弥の世話物を上演した。それゆえ黙阿弥は、江戸歌舞伎の大成者とされる。ちなみに、この3人の名優を総称して「団菊左」と呼ぶ。読み方は「だんきくさ」（小学館・日本国語大辞典）、「だんぎくさ」（三省堂・大辞林）、「だんきくざ」と種々あるようだが、名前を一字ずつ取っているのだから、ワタシは素直に「だんきくさ」としたい。まあ、どうでも良いようなことではあるわえなあ。

2007年12月30日

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山吹色

ＮＨＫで放映された京都南座の顔見世大歌舞伎で、河竹黙阿弥（かわたけもくあみ）「天衣紛上野初花」（くもにまごううえののはつはな）が上演されていた。明治14（1881）年に新富座で初演された世話物で、現在は、有名な河内山宗俊（こうちやまそうしゅん）が登場する「河内山」と、遊女三千歳（みちとせ）とその恋人片岡直次郎（かたおかなおじろう）を描いた「雪暮夜入谷畦道」（ゆきのゆうべいりやのあぜみち）の二つの場面が、それぞれ単独で上演される。　今日は「河内山」の方で、河内山宗俊を演ずる片岡仁左衛門が素晴らしかった。札付きの悪坊主宗俊が、無心に行った先の質屋上州屋でゴタゴタを聞きつける場面。間に入った和泉屋清兵衛から100両を受け取り、戸口を出たところで更なる奸計を巡らす場面。和泉屋から頼まれた腰元波路の救出のため、寛永寺法親王の使僧北谷道海として松江出雲守の屋敷に乗り込む場面。波路に横恋慕する出雲守の虚勢を見破り、恫喝して首尾良く話を付ける場面。正体を見破った北村大膳を「悪に強気は善にもと」とやり込め、悠然と引き揚げて行く場面。悪党のはずの宗俊がヒーローのように見えてくるのが不思議なところで、より大きな悪をやっつけるという爽快さが庶民に受けたのだろう。　特に気に入ったのは、宗俊が接待の膳を断る場面で呟く「相なるべくは山吹の茶を一服所望」のセリフ。こっちは小判が良いのだと持ちかけ、それで松江家側も「はは～ん」と思うわけで、暗黙の了解というものが垣間見える。その一瞬の賤しさが人間の本性を鋭く抉っていて、黙阿弥の脚本家としての力量を示している。戸板康二『すばらしいセリフ』（ちくま文庫、1999年、740円+税）には他に「星が飛んだのか」「ひじきに油揚の惣菜をうまがって食っている了簡では」「まことに意外な御血色」「在家の料理に好ましからず」なども取り上げられているが、ワタシにはこのコトバが強く印象に残った。

2007年12月29日

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洗心洞箚記

「駐箚」と書いて「ちゅうさつ」と読む。およそ聞き慣れないコトバだが、三省堂「大辞林」には「役人が他国に派遣されて滞在すること」とあり、「駐在」と同義にあつかわれている。この「箚」という字の読みは本来「とう」なのだが、慣用的に「さつ」と読む時は「書物を読んで得たものを書き記しておく」（＝箚記）という意味になるそうだ。それでなるほど、大塩平八郎の「洗心洞箚記」は「せんしんどうとうき」とか「せんしんどうさつき」と読むのだと、膝を打ったことであった。

2007年09月27日

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英雄叙事詩　その四

「オデュッセイア」は「イリアス」の後編にあたる。トロイア戦争をギリシア軍の勝利に導いたイタカ王オデュッセウスが、トロイア軍を支持していた海神ポセイドンらに疎まれ、各地を放浪させられる、という筋立てである。(1)イタカ島ではオデュッセウスが死んだと噂され、妻ペネロペには求婚者が殺到した。息子テレマコスはメントール（オデュッセウスの友人）の姿を借りた女神アテナとともに、オデュッセウスを探す旅に出る。(2)ピュロスに着いたテレマコスは、ネストル王に会う。王はアガメムノンが暗殺されたと告げ、テレマコスをスパルタ王となっていたメネラオスのもとに送る。メネラオスはオデュッセウスがエジプトで難破したと話した。(3)オデュッセウスは海神ポセイドンの怒りを買い、引き止められていた。ポセイドンが不在の隙に、アテナは大神ゼウスに嘆願してオデュッセウスの帰国の許しを得る。(4)ゼウスはオデュッセウスを出立させるが、ポセイドンはオデュッセウスのいかだを打ち壊してしまう。オデュッセウスは海岸に流れ着き、オリーブの茂みで眠りにつく。オデュッセウスは王女ナウアシカに助けられ、父王のもとに案内される。(5)トロイア戦争について語るオデュッセウスに、王は素性を尋ねる。イスマロスの町、ロートパゴイ族、キュクロプス（サイクロプス）の話が語られる。(6)オデュッセウスは風神アイオロスの風を得て帰路につくが、船員らが誤って風の袋を開けてしまい、来た方角に押し戻される。アイアイエ島で魔女キルケに船員を豚にされてしまうが、ヘルメスの魔法を防ぐハーブによって助かる。キルケはオデュッセウスがオケアノスを越えて冥界に行かなくてはならないと告げる。(7)ヘラクレスの柱（今のジブラルタル海峡）を越えたオデュッセウスは、冥界で母の幽霊、トロイア戦争で死んだ兵士の幽霊、預言者テイレシアスに会う。(8)キルケの館を出て船を進ませる途中、セイレーネスの島のそばを船は通過する。ここに住む怪物セイレーンの歌を聴いた者は記憶を失い、セイーレンの餌食とされる。歌に興味を持ったオデュッセウスは仲間の耳を蜜蝋で塞ぎ、自分を帆柱に縛り付けさせる。やがてオデュッセウスは「セイレーンの島に進め」と叫ぶが、仲間たちはそのまま進んで行く。(9)六本の頭を持つ怪物スキュレーの岩のそばでは、六人の仲間が食われてしまうが、オデュッセウスらは無事に通過できた。アポローンの家畜がいるトリーナキエー島では、家畜を殺されて怒るアポローンによって、再びスキュレーの岩の近くに流されてしまう。(10)大渦が巻くカリュブディスの岩の下に吹き寄せられ、船は飲み込まれる。しかしゼウスが船に雷を落としたためオデュッセウスだけは助かり、カリプソの島に流れ着く。(11)オデュッセウスの話は終わり、アルシオコス王は魔法の船を貸してやる。イタカ島に帰還したオデュッセウスを、アテナは老人に変装させる。アテナはテレマコスに故郷に帰るよう勧め、テレマコスはイタカ島に帰る。アテナはオデュッセウスを元の姿に戻し、テレマコスと再会させる。二人はオデュッセウスが生きていることは明かさぬことにし、アテナはオデュッセウスを乞食の姿に戻す。(12)オデュッセウスはペネロペのもとに行くが、ペネロペは気付かない。乳母だけは膝の傷を見てオデュッセウスだと気付く。ゼウスが青空に雷を落とすと、ペネロペはオデュッセウスの弓をとり「この弓を扱える者と結婚する」と告げる。求婚者は次々と試すが失敗し、オデュッセウスは矢を12本の斧の穴に通す。(13)オデュッセウスは首謀者アンティノオスの喉を射抜き、他の者を絞首刑にする。オデュッセウスはペネロペに冒険談を話して聴かせ、父と再会する。　ちなみに、オデュッセウスのラテン語形は「Ulysseus」で、英語形の「Ulysses」（ユリシーズ）の原形である。「オデュッセイ」「オデュッセイア」というコトバは「放浪と苦難の旅」「長い航海」という意味を持ち、『2001: A Space Odyssey』（2001年宇宙の旅）のように使われることがある。また、難破したオデュッセウスを助ける純粋無垢な王女ナウアシカの名は、某有名アニメ映画の女主人公の名に転用されている。

2007年08月07日

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英雄叙事詩　その三

「イリアス」（ILIAD）は、トロイア戦争が10年目に入ったところから始まる。(1)ギリシア軍の英雄アキレウスは、戦いで得たブリュセイスをアガメムノンに取り上げられ、立腹する。そこで母テティスを通じて、ゼウスが敵であるトロイア軍に味方するよう願う。(2)ゼウスはアガメムノンを惑わすことにし、「オリンポスの神々がギリシア軍の味方をするから、全軍で攻めよ」と夢で告げた。アガメムノンは総攻撃を決行する。(3)トロイア軍を率いるパリスは、ギリシア軍のメネラオスに一騎打ちを申し込む。メネラオスの剣がパリスの兜を砕き、メネラオスはパリスを捕らえた。しかし女神アフロディテの助けでパリスは霧の中に逃れ、イリオスに退却する。(4)ギリシア軍は一騎打ち前の約束に従い、ヘレネの引き渡しを要求する。トロイア軍の総大将ヘクトル（イリオス王プリアモスの子）は、いったんは約束を守ろうとするが、ゼウスの命を受けたアテナの甘言により、再び戦いを挑む。(5)ゼウスの支援を得られないギリシア軍は、しだいに劣勢に陥る。そこで、戦いへの参加を取りやめていたアキレウスに友人パトロクロスが出陣を要請するが、アキレウスは承知しない。パトロクロスはアキレウスの鎧を借り、トロイア軍を押し返すが、ヘクトルに討たれ、アキレウスの鎧も奪われてしまう。(5)パトロクロスの死を嘆いたアキレウスは、ヘクトルへの復讐のため出陣する。母テティスから新しい鎧を授かったアキレウスは、トロイア軍の勇士たちを次々に倒していく。(6)アキレウスとヘクトルの一騎打ちが始まり、アキレウスはヘクトルを討ち果たす。アキレウスはヘクトルの鎧を剥ぎ、ヘクトルの遺体を戦車で引きずりまわす。(7)アキレウスはパトロクロスの霊を慰めるため競技会を開くが、終わった後もヘクトルの遺体を引きずり回すのを止めない。しかしヘクトルの父プリアモスの願いがアキレウスを動かし、アキレウスはヘクトルの遺体を返す。　「イリアス」はヘクトルの葬儀で終わっているが、戦いはまだしばらく続いた。この後、アキレウスは急所のアキレス腱をパリスに射られ、瀕死の重傷を負い、落命する。アキレウスの遺体は大アイアスとオデュッセウスが取り戻すが、アキレウスの鎧をめぐって二人は争い、オデュッセウスが勝ちを収める。指揮官となったオデュッセウスは「トロイの木馬」を送り込み、トロイア軍は滅亡する。

2007年08月06日

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英雄叙事詩　その二

「イリアス」「オデュッセイア」の世界を理解するためには、ギリシア神話におけるトロイア戦争（Trojan War）について見ておかなくてはならない。この戦争は、小アジア（トルコ半島）の都市国家トロイアに対し、ペロポネソス半島北東のミュケナイを拠点とするアカイア人が戦いを仕掛けたもので、大筋はこうだ。(1)オリンポスで人間の子ペレウスとティターン族の娘テティスの結婚式が行われたが、ただ一人招かれなかった女神エリスが、怒りにまかせて、不死の庭園から取ってきた黄金のリンゴを投げ入れた。(2)リンゴは「最も美しい女神」への供物とされたことから、ヘラ・アテナ・アフロディテの三女神が対立し、トロイアの王子パリスに審判が委ねられた。(3)けっきょくアフロディテが選ばれるが、アフロディテは「最も美しい女」を与えると約束していたため、パリスはメネラオス（スパルタ王）の妃ヘレネを奪った。(4)メネラオスが兄アガメムノン（ミュケナイ王）にパリスの非を訴え、トロイアにヘレネの返還を求めたが、パリスが拒否したため、アガメムノン・メネラオス・オデュッセウスが連合軍を組織した。(5)総勢10万・1168隻のアカイア勢（ギリシア軍）はトロイア近郊に上陸し、英雄アキレウス（テティスの子）の活躍でイリオス勢（トロイア軍）を撃退した。トロイア軍は籠城作戦をとり、戦争は長期化した。

2007年08月05日

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英雄叙事詩　その一

BC8C後半に活躍したホメロス（Homeros）は古代ギリシアの伝説的詩人で、叙事詩「イリアス」「オデュッセイア」の作者に比定されている。研究によれば、「イリアス」がホメロスの作者だとしたら、「オデュッセイア」は少し後の時代の人か、あるいは複数の詩人が関わっているか、そういう推測が成り立つという（ホメロス問題）。　しかし「イリアス」「オデュッセイア」はどちらもイオニア方言で綴られ、ヘクサメトロス（六脚律）の形式で歌われている。言語的・文芸的な面で両者の間に大差はなく、ホメロス一人の作品と見てほとんど差し支えはない。従ってホメロス問題は、ホメロスが後世のヨーロッパ文学に与えた影響そのものを比定する学説ではない。その影響の例を挙げれば、(1)古代ローマの詩人ヴィルギリウスは、「イリアス」を題材に、詩編「アイネイアス」を書いた。(2)ダンテは「神曲」に、「トロイの木馬」が権謀術数を用いた罪に当たるとして第八マルボルジェ（邪悪の壕）に落とされ、業火に焼かれるオデュッセウスとディオメデスを登場させた。ちなみにダンテはヴィルギリウスを崇拝しており、「神曲」でダンテを地獄巡りに連れ出す重要な役を、ヴィルギリウスに振り向けている。(3)ゲーテ「ファウスト」第二部で、ファウスト博士がメフィストフェレスに要求する絶世の美女は、トロイア戦争の原因とも言うべきヘレナである。

2007年08月04日

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雁風呂（がんぶろ）

昭和48（1973）年に流されたサントリーのCMに「雁風呂」編というのがある。　月の夜、雁は木の枝を口にくわえて北の国から渡ってくる。飛び疲　れると波間に枝を浮かべ、その上に止まって羽を休めるという。そう　やって津軽の浜までたどりつくと、いらなくなった枝を浜辺に落とし　て、さらに南の空へと飛んでいく。日本で冬を過ごした雁は、早春　の頃再び津軽に戻ってきて、自分の枝をひろって北国へ去ってい　く。あとには生きて帰れなかった雁の数だけ枝が残る。浜の人た　ちはその枝を集めて風呂をたき、不運な雁たちの供養をしたのだ　という。　　　　　　　　　　　（サントリーのHPから）最後に作家の山口瞳が出てきて「哀れな話だなあ」と呟き、角瓶を飲むのだが、なかなか味のある仕上がりだ。　この話の元ネタは橘南谿「東遊記」だというが、見つけられなかった（ざっと見だからね）。もしや古河古松軒「東遊雑記」と勘違いしたかとも思ったが、やっぱりなかった。意地になって寺島良安「和漢三才図会」を見たら、よく似た話が出てましたね。　夜は則ち群り宿りて、一奴巡警す。昼は則ち蘆を銜えて以て　そう（糸＋曾）げき（糸へん＋檄のつくり）を避く。其智也。つまり、蘆（あし）の枝をくわえて飛び、「射ぐるみ」（＝そうげき）という糸の付いた矢を避ける、というのだ。まあ、本当にそこまでするとは思えないけれど、要は雁は頭が良い鳥だと言いたかったのだろう。遡って中国の古典「淮南子」（えなんじ）に、　夫鴈順風、以愛氣力、銜蘆而翔、以備そう（矢＋曾）弋。（巻十九脩務訓）という一節がある。

2007年06月26日

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少し足りない

兵法書として名高い「孫子」は、春秋時代の孫武の作とされる。計篇・作戦篇・謀攻篇・形篇・勢篇・虚実篇・軍争篇・九変篇・行軍篇・地形篇・九地篇・用間篇・火攻篇の13篇からなるが、あの有名な「風林火山」の文言は、　以利動、以分合為変者也。故其疾如風、其徐如林、　侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震。（軍争篇）の一節から採ったもので、つまりは「知りがたきこと陰の如し、動くこと雷震の如し」の二つのフレーズがカットされているわけだ。

2007年06月17日

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食べるが先

春秋時代の管仲は、友人の鮑叔に推挙されて斉の桓公に仕え、斉を春秋の覇者に押し上げた名宰相である。彼が遺したコトバに、倉廩実ちて則ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱を知る。（管子）というのがある。人は生活が安定して初めて、礼儀や恥じらいを意識するようになるという意味だ。英語の「Manners and money make a gentleman.」は少しニュアンスが違うが、お金を軽く見てはいけないという点で、通じるものがあろう。　「管子」は管仲の著書ということになっているが、実際には編集にかなりの時間が費やされ、多くの人の思想が盛り込まれているらしい。まあ、有名人の名前を借りていろんなエピソードを語るケースは、別に珍しいことではない。

2007年06月07日

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青か黄か

「あさぎいろ」は本来、「浅葱色」と書く。ネギの葉色の薄い状態を指すわけだが、それなら黄色味がかかってるんだろうということで、現代では「浅黄色」と書く人もいる。ところが辞典を引いてみると、「緑がかった薄い藍色」（小学館「日本国語大辞典」）「わずかに緑色を帯びた青色」（三省堂「大辞林」）となっていて、ネギの葉色云々の話は、ずっと後の方に出てくるだけだ。　おそらく元は青系の色と認識されていたのが、「浅黄色」という語感からの連想で、黄色系の色との認識にすり替わったのだろう。本居宣長「玉勝間」に「古き物に浅黄とあるは、黄色の浅きをいへる也」とあるので、少なくとも江戸時代に「浅黄色」が一般に使われていたことは間違いない。　ちなみに江戸の社会で「浅葱裏」（あさぎうら）と言えば、田舎武士・下級武士のことを指した。羽織の裏地に薄い藍染木綿を用いた風が、粋を好む庶民には野暮と映ったのだ。

2007年06月03日

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積もる話

所用で筑波大学のＮ助教授を訪ねた。　筑波大学の前身は、東京教育大学である。昭和30年代後半に移転計画が立ち上がり、昭和45年（1970）、現在地に「研究学園都市」の建設が決定した。昭和48年には第一学群、医学専門学群、体育専門学群、附属図書館からなる筑波大学が正式に開学し、以後、第二学群、芸術専門学群、大学院修士課程、大学院博士課程（昭和50）、附属病院（昭和51）、第三学群（昭和52）が設けられ、改組・改編を続けながら現在に至っている（東京教育大学は昭和53年に閉学）。つくばねの　峰よりおつる　みなの川　こひぞつもりて　淵となりける（後撰集771）は陽成天皇（868-949)の歌だが、「こひ」の二文字が「泥」（こひぢ）と「恋」（こひ）の掛詞になっているのがミソ。

2007年02月10日

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エスプリ　その三

　清少納言が生きた時代は、藤原氏の全盛期。特に北家（不比等の子房前の系統）では、道長と伊周（これちか）が摂関の地位をめぐって、叔父－甥の争いを展開していた（10月13日の日記を見よ）。清少納言は伊周の妹である定子（ていし。一条天皇の中宮・皇后）に仕えた。ちなみに紫式部は道長の女彰子（しょうし。一条天皇の中宮・皇后）に仕え、源高明（醍醐天皇子）や道長をモデルに「源氏物語」を書いて、宮中の評判を取った。清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人。さばかりさかしだち、真名書き散らしてはべるほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行末うたてのみはべれば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見過ぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるにはべるべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよくはべらむ。（「紫式部日記」黒川本／渋谷栄一校訂）清少納言に対するこの辛らつな批評が、二人の不仲説の原点だ。当時は女性が漢詩文の知識をひけらかすのは端たないこととされていたし、男性が仮名を用いて文章をものすることもほとんどなかった。その中にあって、坤元録の御屏風こそをかしうおぼゆれ。漢書の屏風はををしくぞ聞こえたる。月次の御屏風もをかし。　　　　　　　　（「枕草子」第297段／池田亀鑑校訂・岩波文庫版）と言ってのける清少納言は、相当に珍しい女性だったのだ。

2006年10月20日

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エスプリ　その二

　ゴルフに喩えて言うなら、絶句の得意な李白はグリーン周りの小技の名手。律詩に長けた杜甫はショートホールのアイアンの正確さに定評あり。白居易は差詰め、あらゆる場面で華麗なプレーができるオールラウンダーということになろう。香爐峰は江西省九江県にある廬山の北峰を指し、峰から雲気が立ち上る様が香炉に似ているのでそう名付けられたという。白居易には香爐峰を題材にした詩がもう一つあり（「香鑪峰下新置草堂即事詠懷題於石上」）、そちらは38行に及ぶ長編である。

2006年10月19日

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エスプリ　その一

　清少納言「枕草子」で最も有名なのは、次の一節であろう。雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして集りさぶらふに、「少納言よ、香爐峰の雪いかならむ」と仰せらるれば、御格子上げさせて御簾を高く上げたれば、わらはせたまふ。人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほ、此の宮の人には、さべきなめり」といふ。　　　　　　　　（第299段。「枕草子」には異本が多いので、ここでは池田亀鑑校訂の岩波文庫版によった）この話を理解するには漢詩文の知識が必要で、中国の香爐峰を題材にした白居易の詩が下敷きになっている。わざとコトバにせず、パフォーマンスで返したところが、小憎らしい。宮廷女性の深い教養を感じさせる名場面だ。

2006年10月18日

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この矢当たれ

　平安～鎌倉期に書かれた鏡物には「歴史を明らかに映し出す鏡」という意味がある。中でも藤原北家の栄華を綴った大鏡には、魅力的な話が多い。帥殿の南院にて、人々集めて弓遊ばししに、この殿渡らせたまへれば、思ひがけずあやしと、中の関白殿思し驚きて、いみじう饗応しまうさせたまうて、下臈におはしませど、前に立てたてまつりて、まづ射させたてまつらせたまひけるに、帥殿、矢数いま二つ劣りたまひぬ。中の関白殿、また御前に候ふ人々も、「いま二度延べさせたまへ」と申して、延べさせたまひけるを、やすからず思しなりて、「さらば、延べさせたまへ」と仰せられて、また射させたまふとて、仰せらるるやう、「道長が家より、帝・后立ちたまふべきものならば、この矢当たれ」と仰せらるるに、同じものを中心には当たるものかは。次に、帥殿射たまふに、いみじう臆したまひて、御手もわななくけにや、的のあたりだに近く寄らず、無辺世界を射たまへるに、関白殿、色青くなりぬ。また、入道殿射たまふとて、「摂政・関白すべきものならば、この矢当たれ」と仰せらるるに、初めの同じやうに、的の破るばかり、同じ所に射させたまひつ。饗応し、もてはやしきこえさせたまひつる興もさめて、こと苦うなりぬ。父大臣、帥殿に、「何か射る。な射そ、な射そ」と制したまひて、ことさめにけり。　余りにも有名な「競射」の場面だ。「中の関白」は藤原道隆、「帥殿」は伊周（道隆の子）で、この時期の道長（入道殿）は兄道隆の跡目をめぐって、伊周と激しく対立していた。「自分の家から天皇や皇后が出るならば」「自分が摂政・関白に成れるものならば」という道長の物言いは傲岸不遜に聞こえるが、これぐらいの胆力がなくては政権など到底つとまるまい。

2006年10月13日

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三学戒

　佐藤一斎（1772～1859。名は担、通称は捨蔵。愛日楼とも号す）は、美濃国岩村藩の家老の家に生まれた。江戸で生まれ、林述斎と共に儒学を学んだ。1793年に昌平坂学問所（今でいえば東大）に入門、1805年には塾長に昇進した。立場上、幕府の正学である朱子学に力を注いだが、陽明学にも通じて「陽朱陰王」と尊称された。6000人と言われる門下生の中からは安積艮斎、佐久間象山、渡辺崋山、中村正直、横井小楠らが出ている。　有名な「言志四録」は、「言志録」「言志後録」「言志晩録」「言志耋録」（げんしてつろく）の総称である。小泉総理が2001年5月の衆議院・教育関連法案審議の際に引用した「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず」のいわゆる「三学戒」は、「言志後録」に見えている。

2006年09月11日

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飛梅

　昨日７万ヒットを達成したので、少しだけリニューアルしてみた。配色を変えただけのことだが、何となく春めいた気がするではないか。　春と言えば想い出すのはこの歌。　東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ（「拾遺和歌集」巻第十六／雑春）　昌泰の変（901年）で罪を得た右大臣菅原道真（854～903）が左遷された折、お気に入りの梅の木との別れを惜しんで詠んだもの。後にこの梅の木は、道真を慕って大宰府まで飛んでいったというが、こういうのを良い話というのである。ちなみに正暦4（993）年、道真には正一位太政大臣が贈られた。

2006年02月26日

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上には上が

　許由（きょゆう）と言えば、古代中国の伝説上の隠者。聖帝尭（ぎょう）から「天下を譲ろう」と言われ、「汚らわしい話だ」と、近くの穎川（えいせん）で耳を洗った故事で知られている。ちなみに、それを見ていた巣父（そうほ）は「そんな汚れた水は牛に遣れん」と言って帰ったという。栄達を嫌う彼らの生き様を格好いいと思うか、気取っていると思うかは、これまた生き方次第という事になろう。

2006年02月21日

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無善悪

わたのはら　八十島かけて　こぎ出ぬと　人には告げよ　あまの釣船の歌で知られる小野篁（おののたかむら、802～852）には逸話が多く、授業でも何回か取り上げたことがある。おそらくは、次のエピソードが最もよく知られているだろう。●小野篁広才の事今は昔、小野篁といふ人おはしけり。嵯峨帝の御時に、内裏に札を立てたりけるに、「無悪善」と書きたりけり。帝、篁に、「読め」と仰せられたりければ、「読みは読み候ひなん。されど恐れにて候へば、え申し候はじ」と奏しければ、「ただ申せ」とたびたび仰せられければ、「さがなくてよからんと申して候ふぞ。されば君を呪ひ参らせて候ふなり」と申しければ、「おのれ放ちては誰か書かん」と仰せられければ、「さればこそ、申し候はじとは申して候うひつれ」と申すに、御門、「さて何も書きたらん物は読みてんや」と仰せられければ、「何にても、読み候ひなん」と申しければ、片仮名の子文字を十二書かせて給ひて、「読め」と仰せられければ、「ねこの子のこねこ、ししの子のこじし」と読みたりければ、御門ほほゑませ給ひて、事なくてやみにけり。（「宇治拾遺物語」巻3-17）　忽然と出現した「無善悪」の立札を読んでみろ、と嵯峨天皇が篁に迫る場面。「悪」=「障」=「さが」=「嵯峨」というコトバ遊びが面白いのだが、何、天皇だって本気で篁が犯人だと思ってるわけではなく、才能を試して喜んでいるのだ。まあ、かつては嵯峨天皇によって隠岐に流された経歴の持ち主（遣唐副使に任命されたものの乗船しなかったのだ）だけに、「子子子子子子子子子子子子」を「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と読んだ時の、篁の心持ちを想像すると楽しくなる。同じコトバ遊びでも、魏の文帝（曹丕）が弟の曹植を試した「七歩詩」のケースとは、だいぶ緊張感が違うようだけれど。　篁の墓は京都の堀川通り北大路（北区紫野）にあり、紫式部の墓と並んでいる。

2005年12月06日

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彩りのころ

　津雲むつみの漫画にそんな題名があったが、その話ではない。陰暦の九月には「色取月（いろどりづき）」の異名がある。「木の葉が色づく月」の意味だが、太陽暦の九月は暑く木の葉もまだ青い。「彩」という字には思い入れがあり、　　早発白帝城　李白　朝辞白帝彩雲間　千里江陵一日還　両岸猿声啼不住　軽舟已過万重山劉備玄徳が死んだ白帝城にちなんだこの名作は、好きな漢詩の一つだ。

2005年09月02日

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長い名前　その三

　それにしても、落語の「寿限無」はよくできている。筋立てはともかく、あの長い名前を覚えて喋れるというだけで、誰もが咄家に成れるのだから愉快だ。これも目出度い名前の羅列なのだが、何がどう目出度いのかというと、○じゅげむ、じゅげむ（寿限無、寿限無）　無量寿経の「無量寿」＝「量り知れない寿命」という言葉から、ゴロをよくしたもの。○ごこうのすりきれ（五劫の擦切）　三千年に一度、天女が巨大な巌を衣で撫で、それを繰り返した結果、岩が擦り切れた状態が「一劫」。これが五回繰り返されることが「五劫」。○かいじゃり、すいぎょ（海砂利、水魚）　海の砂利、水に住む魚は数え切れない、捕り尽くせない。とてつもなく多い様。○すいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ（水行末、雲来末、風来末）　水の行く末、雲の来る末、風の来る末。物事の果てが無い様。○くうねるところにすむところ（食寝処、住処）　食うところ、寝るところ、住むところは生きていくのに必要で、どれ一つ欠けても生きることはできない。大切なこと、無限に必要なことを表す。 ○やぶらこうじ、ぶらこうじ（藪裏柑子、藪裏柑子）　百両金を表す印として用いられ、非常に丈夫で長持ちする木。春に若葉が出て、夏に花が咲き、秋に実を結び、冬に赤くなり霜をしのぐ、めでたい木。「長持ちしてめでたいこと」を示す。 ○パイポ、パイポ。パイポにシューリンガン。シューリンガンにグーリンダイ。グーリンダイに、ポンポコピーのポンポコナー　「パイポ」は中国にあった国の名前。その国の長生きで有名な王様の名前が「シューリンガン」。これまた長生きしたお后の名前が「グーリンダイ」。その間に「ポンポコピー」と「ポンポコナー」というお姫様がいて、これも長生きした。長寿の人にあやかろうというもの。 ○ちょうきゅうめいのちょうすけ（長久命、長助）　「天長地久」というありがたい文字からとって「長久命」。また、命名した和尚が「わしに男の子ができれば長助という名前がいい」と言ったことから「長助」も追加。　これらすべてを書いた紙を渡し、「これを見てこの中からいいのをお取りなさい」と和尚が言うのを、命名を依頼した男が「どれをつけても、具合が悪かったときに、あれにすりゃあよかったというような愚痴が出るといかねえから、めんどうくせえ、いっそみんなつけちまおう」と勢いで付けた名前なのである。ちなみに苗字は「鈴木」で、これは平凡。

2005年08月25日

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君が代

　短歌「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」が初めて登場するのは藤原公任撰「和漢朗詠集」だが、古今集には「我が君は千代に八千代に…」というのがあって、これが原形なのだという（三省堂「大辞林」より）。明治26年（1893）に小学校の儀式用唱歌として文部省が告示し、事実上の国歌となった。試しにいろいろな短歌を「君が代」の節回しで歌ってみたらなかなか笑えたが、これはまあ悪趣味というものかも知れない。

2005年02月25日

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白眉最も良し

　そう言えば「白眉」という言葉自体が三国志に由来している。「赤壁の戦」直後に召し出された馬良は、襄陽宜城の名家の出。兄弟五人（五人とも字に「常」が付けられていた）の中でも、長男の馬良が最も優秀と言われた。その眉に白い毛が混じっていたことから「馬氏の五常、白眉最も良し」と呼ばれたのである。ちなみに弟の馬謖も蜀に使えたが、「街亭の戦」で大敗して罪に問われたことから「泣いて馬謖を斬る」の故事が生まれたのは、よく知られている。

2005年02月06日

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玉に瑕

授業中に「完璧」と板書したら、「先生、字が違います」と声が懸かった。聞けば「璧」が「壁」だと言うのだ。「お前らなあ～」と半ば呆れながら、「璧」の字に纏わるあれやこれやを。「いやあ先生、８７ヘエですう」だと。　「璧」（へき）と言えば、「和氏の璧」が有名だ（「史記」廉頗藺相如列伝第二十一）。趙の恵文王が入手したこの名玉を、秦の昭王が所望して「１５の城と交換しよう」と言ってくる。秦は当時の最強国であり、要求を受け入れても拒絶しても、趙にとっては良い結果にならないと思われた。こんな難しい状況の中、使者に選ばれた藺相如（りん・しょうじょ）が、巧みな弁舌と勇敢な行動で見事に玉を持ち帰るのだ。　実はこの話には、後日談がある。そんな活躍ぶりを将軍廉頗（れんぱ）が嫉んでいると聞いた藺相如は、廉頗と顔を合わせないように気を遣う。病気と称して政務は欠席し、道で見かければ隠れるという有様に、家来たちは不満たらたら。主人の体たらくを激しく詰るが、　「廉将軍と秦の昭王とでは、どっちが怖いか」　「それは昭王です」　「私はかつてその昭王とも渡り合った男だ。廉将軍を怖れているわけではない。ただ、秦が趙を攻めないのは、私と廉将軍とが二人揃っているからだ。国家の急を第一とし、私情を第二とするから、逃げているのだ」　これを聞いた廉頗は、藺相如に謝罪して親友になったとある。まあこんなエビソード満載の「史記」は、何度読み返しても面白い。

2005年01月19日

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大根

　帰り際、数学のＭ先生が寄ってきて「授業で大根を大量に使ったので、Ｈ先生、もらって呉れませんか」と言う。大根好きのワタシにとっては、願ったり叶ったり。適当に切って、水から茹でて、一回湯を捨てて、強火で煮る。カツオだしと酒と醤油を適当に加えれば、大根煮の出来上がり。ご飯にベーコンを載せ、上から大根と汁をかける。あっさり味が堪らない、正に男の料理だ。そう言えば、吉田兼好「徒然草」の中に、筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが、土大根を万にいみじき薬とて、朝ごとに二つづゝ焼きて食ひける事、年久しくなりぬ。或時、館の内に人もなかりける隙をはかりて、敵襲ひ来りて、囲み攻めけるに、館の内に兵二人出で来て、命を惜しまず戦ひて、皆追ひ返してンげり。いと不思議に覚えて、「日比こゝにものし給ふとも見ぬ人々の、かく戦ひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、「年来頼みて、朝な朝な召しつる土大根らに候う」と言ひて、失せにけり。深く信を致しぬれば、かゝる徳もありけるにこそ。（第６８段）という話があったなあ。

2004年11月15日

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冷房

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。深き水は、涼しげなし。浅くて流れたる、遥かに涼し。細かなる物を見るに、遣戸は、蔀の間よりも明し。天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、万の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし。（「徒然草」第55段）と言ったのは兼好法師だが、とにかく今年の猛暑には、ほとほと参る。去年までは扇風機もなく、冷えた生茶とアイスノンで凌いでいたが、引越しした部屋にはなんと、エアコンがある！「グラウンドの熱さには慣れているが、寝る時まで暑いのは」と嘆いていたのが嘘のよう…ということになるはずだったのが、「冷やしすぎるんじゃないよ」という母の教えのせいか、スイッチを切って寝ないと、どうも風邪を引きそうで。なあに、ただの貧乏性なのさ、という声が聞こえてくるようで、それはそれでまあ嬉しくもある。

2004年08月10日

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遠近

　打者には自分の好きなコースというものが必ずあるが、そこからボール半個分ずれただけで、それはたちまちウィークポイントに変わる。僅か３センチの差に秘められた玄妙さよ。ふと、清少納言「枕草子」の一節を想い出した。　春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。夏は、夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音(ね)など、はた言ふべきにあらず。冬は、つとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりて、わろし。（第一段）　やまぎは（＝山際）は山に近接した空の部分だし、山の端（やまのは）は空と境を接する山の部分である。同じようでも全く部分を指しているのだ。そういえば野村克也氏がミーティングで「ウエストボールとピッチドアウトの違いを書け」という問題を出したそうだが、その意図は多分よく似ている。

2004年06月16日

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