うたわれるものSS「帰還者」 前編
「改めまして。再び見えた事、嬉しく思います。ハクオロ様」「えーと、嬉しく思います。おじ様」「ああ。私も嬉しい。2人とも、よく来てくれた」 トゥスクル國皇都に築かれた城。その場所には、オンカミヤムカイの2人の姫が訪れていた。トゥスクルとクンネカムンの戦いの最中、賢大僧正の地位を父ワーベより受け継いだウルトリィ。その妹で、オンカミヤリュー族始祖の血を色濃く受け継ぐカミュの2人である。 ウルトリィはハクオロが眠りにつく直前の願いを守り、國師として大陸のあちこちを飛び回って各所の争いを収めるために奔走していた。カミュは、姉の補佐という肩書きで同道していた。もっとも、任地から抜け出してトゥスクルの森でアルルゥと戯れている事の方が多かったのだが。 そんな彼女たちも仮面皇の突然の帰還の報を聞き、すぐさまトゥスクル皇都にやって来たのである。そして朝堂で儀式的な謁見を行い、今はこうしてハクオロの書斎で「家族」としての再会の挨拶を交わしている。「アルルゥ様も、お久しゅうございます」「ん」 ウルトリィは優しく微笑んでハクオロの膝の上を占領しているアルルゥにも丁寧に言葉をかける。カミュは度々ヤマユラのアルルゥの許を訪ねていたが、以前にも増して忙しくなったウルトリィは、トゥスクルにはあまりいられなかったのである。「ベナウィ様、侍大将と政の掛け持ち、さぞ大変だったでしょう」「いえ、私に与えられた責務ですから。しかし、聖上も戻られた事ですし、今は・・・」「やれやれ、これだよ」 ハクオロは苦笑してベナウィの返答に感想を寄越した。ハクオロは帰還してすぐに皇都へ向かったが、再会の喜びもそこそこに、ベナウィに溜まっていた政務を押し付けられたのである。 ハクオロが去ってから、トゥスクルの内政はベナウィが一手に賄っていた。ベナウィはクンネカムン崩壊後も不安定な情勢が続いていた中での侍大将としての軍務と内政の両方を受け持たねばならなくなっており、ウルトリィ同様多忙な日々を送っていた。 しかしその多忙な日々も、ハクオロの帰還によって急速に落ち着きを取り戻しつつある。もちろんその分、ハクオロの仕事量が以前より増しているという事は言うまでもない。「こら、アルルゥ。ちゃんと座ってなさい」 書斎に腰を下ろしている人数分だけ茶を持って来たエルルゥが、ハクオロの膝の上で丸くなるアルルゥを嗜める。「んー。すりすり」 しかしアルルゥはエルルゥの言葉を綺麗に無視し、ハクオロに寄り掛かる。エルルゥとアルルゥも、一旦はこの城を去り、故郷であるヤマユラの地で静かに過ごしていたのだが、それはハクオロの帰還によって終わり、再び都での生活を始めている。 結局のところ、ハクオロが去って以来、トゥスクルを支え続けた人間は、ほとんどがトゥスクルを去っていたのだ。そしてハクオロの帰還は、去って行った者たちを再び集わせる事になったのである。「すりすりすりすり」「アルルゥってば!」「んー」 帰還者の一人であるアルルゥは、以前にも増してハクオロに甘えるようになった。ハクオロとしては嬉しくもあるのだが、次第に深さを増すエルルゥの眉間をも気にしなくてはならないために複雑な心境でもある。 当のアルルゥはハクオロや姉の心境など計ろうともせず、ひたすらハクオロに甘える。そんな他愛もないふれあいの光景に、エルルゥ以外の顔の表情が緩む。「ははは、構わないよ。私にはこれぐらいしかできないからな」「でも・・・」「エルルゥ様、よろしいではございませんか」 エルルゥがハクオロとアルルゥを交互に不満そうな視線で見つめていた時、ウルトリィが柔らかい口調で言う。「これほど仲睦まじい親子を、私は見た事がございません。大切な、絆です」 その目に映っているのはアルルゥか、それともかの子か。賛同するように苦笑いを浮かべる一同の中で、ハクオロは明確な表情を示せなかった。思わずハクオロはウルトリィの方を窺ってしまったが、彼女は「大丈夫です」と言う代わりに微笑んで見せた。その目に悲哀の色はなく、あるのは羨望の色。なら大丈夫か、とハクオロは自分勝手な結論であると理解しながらも納得せざるを得なかった。 複雑な心境を切り替えるため、ハクオロは咳を一つして口を開く。「カミュ、元気にしていたか?」「うん! お姉様と一緒に色々なお國を回れたし、楽しかったよ」「そうか」 カミュが任地から抜け出してアルルゥとよく戯れているのを聞いてはいたが、ハクオロは尋ねる気はなかった。姉のウルトリィがそれを知らぬはずはないし、もし彼女がカミュの行為を止めさせているならばとっくにやっているはずだ。彼女には彼女なりの考えがあるのだろうから、深く掘り下げる必要はないとハクオロは考えたのである。「言うまでもないと思うが、エルルゥやアルルゥたちと、仲良くしてやってくれ。私もできるだけ時間は作るが、なかなかこの娘たちの相手をしてやれないからな」 アルルゥの頭を撫でながら言うと、カミュは満面の笑みで応えた。「うん、分かってるよ、おじ様」 その笑みを見ながら、ハクオロはかつて娘と呼んだムツミの事を密かに思い出していた。オンカミヤリュー族の始祖にして、過去の自分とは切っても切れぬ関係にあったムツミ。 彼女がどのような気持ちで未来をカミュに託したのか。ハクオロは、少しばかり考え込んでしまった。しかしふと、そんな事を気にしている事がひどく滑稽に思えた。 エルルゥ、アルルゥ、ウルトリィ、カミュ。 ここにいる娘たちには、ハクオロは少なからぬ負い目を感じているし、それは拭い難いものである事は重々承知している。 だが、自分たちには幸いにして未来がある。時間がある。何時までかかるかは分からないが、きっとどうにか出できるという、彼にしては珍しい根拠のない希望的観測を抱かずにはいられなかったのだ。*「ウルト、時に、オンカミヤムカイや他国の様子はどうだ?」 アルルゥとカミュが遊びに行くためにハクオロの書斎から去ると、そこには凛としたわずかばかりの緊張感が生まれる。 ベナウィをはじめとする部下から他国の様子を聞きはしていたが、クンネカムンの侵攻によって打撃を受けたオンカミヤムカイの様子をウルトリィに聞いておきたいという気持ちがハクオロにはあった。「はい。復興に関しては私たちオンカミヤムカイだけでなく、各國で着々と進められています。ただ・・・」「ただ?」「どこも人手不足のため、貧しい農村等では復興が遅れ、餓死者も出ているとか。それに連れて、盗賊もあちこちで現れているようです。すでに死傷者も少なからず出ております」「なるほど・・・」 ベナウィから上がって来た報告を聞いてはいたが、やはり自分で見て来た者、特にウルトリィが言うと現実味があった。「賊が・・・」 残ったエルルゥが複雑そうな表情で言う。その顔にあるのは賊に対する憤りだけではなく、そうせざるを得ないという賊たちへの同情であると、ハクオロは顔色、声色の両方から気づいていた。「いかが致しましょう。これ以上の守備兵の動員は・・・」「どこも皆一杯一杯。今人手を割けば復興に遅れを来たし、更に賊は増える。悪循環だな」 ベナウィが歯切れ悪く言い澱んだ先を、ハクオロはすっぱりと言い当てた。現実というものを、誰よりも自分に分からせるために。(すぐにでも戦があるのならば早急に対応せねばなるまいが・・・) 戦乱が収まる前なら、ハクオロは自分自身ででも賊の鎮圧に乗り出していたであろう。それは小さい火種が大火になり得る事、短期的に見るのなら一旦一掃すれば賊の出現はある程度抑えられる事を知っているからである。しかし、今回彼は違った決断をした。「やむをえないな。守備兵の増員は無しだ」「え・・・?」 声を漏らしたのはエルルゥだけで、ウルトリィとベナウィは続く言葉を待っている。「今後は復興の方を優先する。まずは國全体を豊かにし、賊などやらなくても暮らして行ける体制を作ろう。少しばかり時間はかかりそうだが・・・新しい農法、民への供給方法に関しては私が一考してみる。それでいいな?」「分かりました」「御心のままに」 2人は最初から分かっていたという風に言葉を返した。続く二次創作・SSうたわれるものSS