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マイスクール慶應修学舎の記憶

マイスクール慶應修学舎の記憶

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2012.09.22
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カテゴリ:日常

 訪問者や体験者、入塾者が続く1週間でした。

 教育委員会の方
 中学校の先生
 各高校の先生
 各教材会社の方

 いろんな方面から
 いろんな立場から教育に携わる
 人たちとの会話には
 さまざまなことを学ばされ、
 考えさせられる機会をいただくことができます。

 いつの時代にも
 教育には、現状満足はなく
 教育方法論にも、万能の型もなければ、
 完成型も存在しません。

 いつの時代にも変わらないのは、
 よりいい教育をしようと
 子どもたちのためにと
 はたらく(傍を楽にする)人たちがいるということです。

 一方では、教育者が子どもに対して熱くなりすぎると
 その先生の熱さ(エネルギー)がないと
 動けない、生きていけない子どもを育てているかもしれない
 という感はぬぐえません。
 つまり、横で旗振り役がいないとやらない、動かない子を
 育てているということを意味します。
 
 ときに、やりなさいという強制
 ときに、励ますといった激励
 ときに、やるべきときだという義務
 ときに、やれ!という命令
 ときに、みんなで合格という大義名分
 そういうものを与えられないと動けないという子どもを育てるような
 気がするのです。

 そういうことは、結果も出ますし、そうなれば、
 いい学び場(学校や塾)、いい先生ということになります。

 
 もう少し、教育者自身が、子どもたちへの情熱を
 未来へ向け、こういう生き方もあるんだという
 ああいう生き方がかっこいいという
 未来への羅針盤となるべく姿を見せていく必要も
 あるのかもしれません。

 

 





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Last updated  2012.09.23 01:09:17
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