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カテゴリ:自分を見つめる
シフトの都合上で連休明けとなった今日、仕事をしようとしてびっくりした。
何故かすごく声が出しにくくて、声が出なかった。 感覚としては胸の上の部分が抑えられるような感じがして、喉が詰まる感じ。 声を出そうとすればするほど、声が出なくなる感覚。 自己卑下人格の陽ちゃんが表面に出ているのと同じだった。 自覚として陽ちゃんを感じて無かったので、びっくりした。 確かにちょっと仕事したくないな~、とは思っていたけど。 ともかく今は仕事で困るから、ってことで声を出していたらその症状は緩和したけど、でもそれ以上になんで体の症状として出たか分からず、逆に混乱した。 今までなら、これじゃあだめ、とダメだしして抑えつけてがんばっていたけど、でもそれも違う感じがした。 何でだろう、って思う。 何でここでいきなり自覚なしに、身体の症状として出たんだろう。 がんばりたくない。 これ以上やりたくない。 そう言うのがずーっとあるのは自覚している。 でも実際に頑張らずやらなずに居ることはできない。 だからこそやるのだけど。 ここでふと気付いたのは、自己卑下だと思っていたけど、これ、無気力のあまり何もしたくなくなっての挙句の果てに自己卑下として表現なのかな、ということ。 変ないい方だけど。 がんばりたくなくて、もう疲れてて、無気力で、でも頑張る事を強要されて、それが辛いから、もう頑張ることで得られるものを、要らないって言い出した感じもする。 ただ単に疲れて、休みたいってだけの感じもする。 でも休めないからそこまで行ってしまった感じが今している。 だとしたら、根っ子は無気力人格ってことになる。 りつが大元が恐怖人格だったように、陽ちゃんも本来は無気力人格なのかもしれない。 ただ無気力で居られなかったから、自己卑下になり、逃避して、って考えると、そしたらアプローチ自体間違ってるわ、私。 そりゃ、うごかねーはずだわ。 ただ行き詰まりを感じる度に、嫌だーって逃避なら問題ありなので、それはただのプライドの幼い部分だと思うけど、そこん所の切り分けはしていきたいけど、でも、本当にうんざりしてて、疲れてるなら休ませたいと思う。 ただここん所の境界があいまいだな~、と感じる。 取りあえずこれが出て来たら、陽ちゃんは引っ込ませる、ってことをやってみようと思う。 それから言い聞かせ。 ただなぜ今回表層に出て来たかが、分からん。 ただ単に今の仕事にうんざりして、やりたくなくなっているだけなら、それはそれで良いんだけど。 それだけなら分かるんだけど、ほかに何かあるのだろうか。 ちょっとイマイチ、ピンと来ないので、少し探ってみる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.06.08 23:15:36
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