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カテゴリ:最近のできごと
塩野義製薬の新型コロナの飲み薬の年内承認がWSJでも報じられていた。
あの新・情報7DAYSニュースキャスターにも時々出ているPeter Landersさんの記事。日本の新聞各社でも報道されている。一日一回服用で、軽症、中等症の患者を対象とした飲み薬で、年内に100~200万人への供給体制が整うそうな。毎日新聞 で、昨日の夜、何気にニュースを見ていた。そう、音を消しているんで「見ていた」の。ニュースにはWHOのテドロスが映し出され、飲み薬がどーの、海外の製薬会社がどーのの字幕が。まぁ、各国で飲み薬についての研究が進められているが、塩野義製薬の飲み薬のニュースにもあるようにアメリカのBARDAとも協議を始めていることをみると、あのWHOのニュースの海外の製薬会社とは塩野義製薬のことかしら?もしかして株価上がる? ところで塩野義と言えば私にとってはプロパー。大大昔、日本で働いていた時の仕事関係先が製薬会社。で、各製薬会社ごとにプロパーの特徴があるのよね。当時の塩野義のプロパー達はええとこのぼっちんばかりだった。政治家の甥だの、京都の老舗の帯問屋の息子だのだの。遊び人が大半だったし、遊び方がスマートだった。彼らは車を2台所有し、高い車はプライベート用、安いマークII止まりは仕事用。これってさ、高い車に乗っていると、当時お給料の安い国公立大学の医局の先生からクレームがつくとさ。で、塩野義社内で仕事の時はマークIIまでとのお達しが出たらしい。 用事があって研究棟に行くと、ゴルフクラブを抱えた先生の後を塩野義のプロパーが追うのを見たことがある。その先生が乗っていたのがカローラ。そりゃぁ、プライベートで乗っていたソアラで一緒にとはいかないよね。 で、プロパーの中にハッチバックに中日ドラゴンズの小旗をつけたプロパーがいたの。思わず聞く「アレって中外さん?」中外製薬のプロパーは地味で通っていたから。が、塩野義のプロパーだった。遊び人の多い塩野義では完全に浮いてたさ。 当時の私の仕事の一つが校正。この誤字脱字の多い私が先生方の論文の校正をしていた。といっても専門用語や医学の知識はまったくないんで、純粋に漢字や送り仮名、改行や記号等々の基本中の基本だけ。一番気を使ったのが抄録。学会の演者の発表内容を限られた行数と文字数にまとめたもの。アレが面倒くさい。行数と一行の文字数が決まっていて、その決まりに合わせて抄録を仕上げなければならない。短いのはいいんだけど、文字数が多いのは抄録の内容を変えないで文字数を制限数以内に収めなくてはならない。そのため、できるだけひらがなを漢字に変えたり、接続詞や重複した文言を端折ったりとかしていた。ぁぁ、それから行頭にきてはいけない文字、記号、単位もあったっけ。先生方の最終確認が入ることに甘えて、赤で結構大胆に変えたりしてたっけ。 中には制限数の1.5倍の長い抄録もあったり。ウソだろ、収まるわけねぇじゃんってのも。オマケに全部鉛筆書きだし。手書きよ手書き、それも小汚い字で。あれは今でもはっきり覚えてるさ。私の仕事はプロパーからの仕事がメインだけど、先生方から指名の直のオーダーもあった。無理難題は大体直でのオーダー。 で、会社にはいろんな製薬会社のプロパーが出入りしていたが、みんな競争してるのよね。まぁ、先生方の論文を基に薬が造られるわけだから一分一秒を争っていたとか。プロパー同士がケンカすることもあったらしい(が、私はほとんど表に出なかったんで知らんけど) あ、そーいえば最近はもうプロパーって言わないんだっけ?呼称が変わった?私がこの仕事を離れる頃には、大学病院と製薬会社の癒着が問題になっていて確か法律も変わってなかった?学会の形態も変わってなかったっけ?携わった最後の頃の学会くらいから変わったような。20年以上前のことだから忘れちった。 ああそれより塩野義製薬の飲み薬。どうかアメリカでも承認されて私も手軽に手に入れることができますように。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2021/08/13 10:37:21 AM
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