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カテゴリ:本
宮部みゆきの短編集「三鬼」の中に「迷いの旅籠」がある。
ネタバレになるが... 江戸時代、ある農村に現れた絵師が幽霊が出るという空き家を使って亡くなった人を蘇らせるという話。 絵師が障子に村人達や亡くなった人達を描くと、襖が開いてそこから亡くなった人達の幽霊が現れた。恋しくて会いたかった大切な人達。現れた幽霊達は一様に半透明でただそこにいるというだけで、会話ができるわけでもなければ触れることもできない。それでも愛しい人と会えた村人はとても喜ぶが、同時に不思議なことが起きた。 1人亡くなった人が蘇れば、1人健康な村民がこん睡状態に陥った。その村民は、亡くなった人と生前何らかの関わり合いがあって、ある人は険悪な嫁姑関係であったり、不肖の子供であったり、嫌いな人達であったりした。亡くなった人が蘇るのはいいが、同時に健康な村民がこん睡状態になっては農業は立ち行かなくなる。こん睡状態になった人の分が残された働き手にしわ寄せとなる。農家は時機を逸すると納める年貢にも影響がでる。次第に懐かしい人に会えた喜びと同時に不安が村民達に広がった。 重要なのはやはり生きている村民達で、それ以上働き手を失うわけにはいかない。村民達が話し合った結果、幽霊達にはあちらの世界にお帰りいただいて、その家を燃やすこととなった。幽霊達一人ひとりに優しく語りかけ襖の向こうの世界に帰っていただく。が、最後まで抵抗したのが許嫁を失った青年だった。神社の御神体である鏡を盗み出し、その家に立てこもる。たとえ話はできなくても、半透明で触れることもできなくても、愛しい許嫁のそばにいたいと。その家を燃やしてしまえば神社の御神体まで燃えてしまうので、村民達は手出しできずにいた。 その時、幽霊一人ひとりに優しく語りかけていた男が言い放つ 「そんなに愛おしくて一緒にいたいなら、青年があちらの世界に行ってはどうかと。亡くなった人の魂を中途半端に現世に留めておくことは自分勝手ではないかと。あちらの世界に行けばずっと一緒にいられる」と。結局、その青年にはあちらの世界へ行く勇気もなく、ただただ現世の人間のわがままで許嫁の霊を中途半端に現世に留めようとしたのだった。 最後の許嫁をあちらに送った男は、実はお産で妻子を失っていた。そしてやはり愛おしい妻子とずっと一緒にいたいと自ら襖の向こうに行ってしまう。 大雑把なあらすじはこんなところ。で、この短編のキモはこの男のセリフであろう。「迷いの旅籠」を読んだ時、ストンと腑に落ちた。いつも、いつまでも会いたい、ほんの少しでも一目でももう一度と思う。が、それは現世にいる私のわがままなんだと。命日に花を活け、お盆には迎え火と送り火を焚く。せめて私にできること。それほど遠くない日にまた会えたらたくさんの話をしよう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2021/10/08 11:02:44 AM
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