東京今昔物語 (写真の世界 http://wakowphoto.world.coocan.jp/ より)

2022/12/19(月)11:56

開発前のお台場は風光明媚な自然が残された海浜だった

東京の下町と言われる地域の殆どは、東京湾を埋め立てて拡大してきた処ですから、東京湾の最奥に位置していて、絶えず東京湾からの潮風が豊かに流れ込んでいました。しかも東京湾は内海ですから穏やかであり、東京都内でも戦前の下町は温暖で湿潤な住みよい環境の町でした。 しかし、戦後になると下町の海浜地帯は臨海工業用地や都市ゴミの捨場として次々と埋め立てられいき、戦前には海水浴や潮干狩りが出来た海辺は無くなりました。更に戦後のある時期から下町の臨海地帯にも高層ビルが盛んに建ち並ぶようになり、心地よい東京湾の潮風は遮られて下町に入らなくなり、熱帯夜の悩まされるようになります。 他方、東京の都心部には諸産業の頭脳部分に当たる本社機能の集中し、また都市生活快適さを満たす商業や娯楽産業も集中し、オフィスビル、ショッピングビル等が次々と建設されて、都市過密の弊害が生じてきました。そこで、都心部に溢れる都市機能を移転させる新しい場所として目を付けたのがお台場でした。 いま仕事やレジャーでお台場を訪れる人々は、広いお台場全域に、エンターテイメント施設が配置され、オフィスビル街が建ち並び、素晴らしい近代都市が誕生したのを眺めることが出来ます。その結果、レインボーブリッジを眺めようとお台場海浜公園の岸辺から眼前に広がる海面に目をやると、その海面は中庭の池のように静かです。 (写真1、2) しかし、この場所は、江戸幕府が開国を迫る欧米諸国の江戸湾侵攻を防ぐため築いた土塁の一つを核として埋立造成したものでしたから、開発前までは、光と風が溢れた自然の海岸でした。 遠くまですすき野原が広がり、海岸線は自然の儘に湾曲し、日によって東京湾からの海風が強く吹き込んで海面は波立ち、程よい海風を受けて疾走するウインドウサーフィンを楽しむ人々で賑わっていました。今は、こうして一つの都市の誕生で、都心の近くに残された数少ない自然の海浜が消えてしまったことを嘆く人は数少ないのです。 (写真3、4、5) (以上) 人気ブログランキングに参加しています。応援をよろしくお願い致します。 人気ブログランキングへ 写真1 現在のお台場 写真2 現在のお台場 写真3 開発前のお台場 写真4 開発前のお台場 写真5 開発前のお台場  

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