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幕末,J・ゴーブルとサム・パッチNo.9

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(1853年ペリー来訪時、歴史上実在した人物のお話

ゴーブルさんの大八車_No.9
No.1No.2No.3No.4No.5No.6No.7No.8No.9(現在の頁)<No.10(完)
異郷の幻影、夢桜


1860(安政7)年4月1日、彼らを乗せた船は、ついに、日本の島影を見い出しました。
この時、艦上に立つゴーブル一家の目に映し出されたものは、まさに、夢のような光景でした。

艦上から見るその光景。なぜか、それは幻影のごとく、陸全体がふんわりと桃色に見えます。
まるで、桃色の霞がかかったように、全ての空間は桃色に覆い尽くされています。
無数の花々が、空中に散りばめられて、他には何も目に映りません。

船が陸に近まるにつれて、桃色のベールの訳がやっと解りました。
それは満開の桜だったのです。

あまりにも美しいこの光景。思わず溜息を漏らしたエリザは気絶寸前です。
満開の桜が、彼らを大歓迎で迎えてくれたのです。
彼らの上陸は、鮮やかなる満開桜の式典でした。



困った男だ、サム・パッチ


ところが・・・・

困った男のサム・パッチ。せっかく日本に到着したというのに、7年前の
ダメージが強すぎた為か、恐怖症になっています。ゴーブル一家が成仏寺近郊に
住居を得て住み始めているというのに、船のお手伝いを口実に、
一向に上陸しようとしないのです。

ゴーブルさんが無理やり、引き摺り下ろして、やっとこすっとこ。
実に余計な手間でした。一ヶ月近くも船にへばりついていたのです。
毎度のことならが、つくづく呆れます。

しかし、今度は家から一歩も外に出ません。薄暗い日本の住居。
これでは病気になってしまいます。

それでも、サムへ対するエリザの優しさはかわりません。

アメリカで暮らした頃、だんだんサムのクレイジー状態は修復されて、
そんな状態の子だったなんて信じられない程に全快してました。
ゴーブルさんの子供達と一緒にはしゃぎまわっては、
笑顔を見せて、冗談を言ったりするようになっていたのですから・・・。

それどころか、貧乏学生の大黒柱、ゴーブルさんを助けて、せっせと
靴直しの内職をやって、家計の応援ができる立派な子に育っていたのです。

それが、日本に来た途端、この様です!

しかも、もう少年ではありません。そろそろ結婚適齢期の若者です。
だというのに、なんと情けないことでしょう。

ゴーブルさんは、エリザの堪忍袋が切れるのではと、当初、心配でした。
ところが、この段階で、彼女は、とっても寛容です。肝っ玉母さんのように、
どんと構えて、そわそわするゴーブルさんを、むしろ宥めたりしました。

彼女はこう言いました。

「貴方が、そんなにせっかちに、彼を日本に慣れさせようとするから、
いけないのよ。心の傷はしかたないものよ。彼が、一人で、
遠い瀬戸内海だかの島へ帰っていけるわけないわ。

そのうち、恋でもすれば、あの子も変わるわよ。アメリカには
大きな娘さんしか居ないから、きっと苦手だったんだわ。今に御覧なさい。
きっと誰か、日本の可愛い娘さんのこと、好きになっちゃうわよ!」


自分でそう言っておいて、エリザは肩をすぼめて笑います。
その日のサムを夢見ているようです。

「あの子が日本語でお手紙を書けるようになったのはいいけれど、
受け取るお母さんが読めなきゃ、意味ないもの。まずは、知人ルートを
掘り当てなきゃね。伝達ゲームみたいにして、なんとか渡しましょうよ。
それも楽しいわ。そして、お母さん達をこの家に招待しましょうよ!
盛大にパーティーしましょうね!」


日本の実態からして、そんな時代じゃないというのに、エリザは無邪気に
そう言います。張り切って、彼女は彼女なりに活動しています。
あなたは雑念を払って、布教活動に専念しなさいとばかり、ゴーブルさんは毎日、
お尻を叩かれて、外に追い出される始末。

横浜の外人居留地が完成するのは1863年。ところが、ゴーブル一家は、
完成を待ちきれず、1862年、まだ工事中だというのに、いちはやく同地に移住しました。

エリザは、いまだ、サムに対して、お姉さんというより、ほとんど
お母さん気取りです。子供達に接すると同じように、小心者のサムを優しく包みます。

「いいかしら?サム、ここは外国人居留地。専用の場所よ。だから
怖い人斬りさんなんて、やってこないわ。外人さんが一杯だから、皆同じよ。
私達が神様のこと言っても、私達のことだから、怖い役人さんも、
苛めに来ないわ。とっても安全。お散歩しましょうね。

無理して主人のお手伝いしなくていいのよ。今に日本もいい時代になるわ。
あなたはお利口さんよ。日本の貧しい人を助けてあげれる子なの。でも、まだ
背伸びしないことよ。港の通訳のお仕事だって、主人は喜んでくれるわ。
いろんなお仕事が貴方を待っているわ。」


黙って頷くサム。その腕の中には、ゴーブルさんの幼い娘を抱いています。
まるで孤独な少年が、可愛いぬいぐるみを抱くように・・・。


暗転、幻、黄金の丘


しかし、そんな暮らしも長くは続きませんでした。
アメリカの南北戦争の影響で教会からの援助金が途絶えてしまったのです。

ちょうど、日本の秋、あっちもこっちも、秋の実りを湛えた稲が黄色く色づいています。
緩やかな丘に段状に丹念に作られた棚田の光景にあいまって、秋の稲穂が
頭を垂れて風に揺れています。その姿は、とてもこの世の世界とは思えません。
夢か幻か?

風に揺らめく黄金の丘。疲労困憊、時折、うな垂れてしまいそうなゴーブルさんに
その揺らめきの世界が、必死でなにかを呼びかけてくるのでした。

時ならぬ台風が押し寄せました!何もかも、皆嵐に飲み込まれて、消えた!
ただでさえ、食料事情の悪い日本。貧乏には慣れているはずのエリザ。
でも桁が違います。

ついに、ゴーブル一家は暗転しました。

なんと最愛の娘ドリンダが突如天国へ旅立ったのでした。
それ以来、エリザは泣いてばかり。生き残っている子供達にも、まともに食べさせてあげられません。
・・・そして、ついに、今度はエリザが病床に臥してしまったのです。


1870年、日本は、江戸幕府が滅んで、時代は明治に替わって二年目になります。
ゴーブルさんの必死の介護で、やっと回復したエリザですが、彼女の中で、何かが変わってしまったようです。


「エリザ、頑張って!お願い。いい時代になるよ。サムも一人で家に帰れる
安全な世の中に替わってゆくところじゃないか。ねえ、しっかりして!」

ゴーブルさんの説得も、もう皆無でした。

日本に降り立った時、夢色の満開桜が、盛大に彼らを受け入れてくれました。
でも、今はちがいます。

秋に落葉を終えた裸ん坊の木々が立ち枯れたように連なる灰色の光景。
どんよりとした冬空の下、エリザを乗せた船が、海の向こうへ遠ざかってゆきます。

ゴーブルさんは、なにもかも・・・・失ってしまいました。
サムとふたり、だけど、ふたりだから・・・


サムは恐怖におののくと叫び泣くような挙動はあいかわらずですが、
実は滅多に涙を溢しません。どっか、一本線が切れているような気もします。

この子が大泣きして止め処なく涙を流した記憶といえば、マカオから浦賀に向かっていた時
ゴーブルさんが、自分のママの話を聞かせた時以来、数えるほどしかありません。
確かに、あの時の大泣きは大変なものでした。

「僕は早く、かあちゃんに会いたい。きっと僕が死んでしまったと思っているよ。」
そう言って、サムはぽとぽと、涙を溢したはいいけれど、それがことごとく、
彼が手にしたクッキーに命中して・・・
「おい、おい、クッキーが濡れてるぞ。早くしないと、まずくなっちゃうぞ!」
ゴーブルさんの言葉に驚いて、涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、クッキーに食いついたサム。
あの時の記憶が昨日のことのように思えてきます。

それだというのに、エリザとの決別の話が出た頃、サムは冷めゝと泣いたものです。

「僕のせいか?僕のせいだ!僕が居なけりゃ、みんな幸せ!僕要らない!僕も僕要らない!」

もともと小柄で小食なサムですが、日本に帰ってからというもの、
ろくなものを食べられなかったせいもあって、
体格は少年のままで、風が吹いたら飛んでしまいそうです。

それに、なぜか恋もしません。原因はよく解りません。
やはり、エリザのいうとおり、年頃の少年期に目にしたのが、
大柄なアメリカ娘だったからなのでしょうか?

アメリカ時代に、折角引き合わせた同世代の少女達。でも、はっきりしなくて、おどおどしている
サムは大笑いをされたり、彼女達も大人とちがって手加減や、細かい気遣いができないため、
サムは露骨に大きい声で非難されたり・・・あんまり、いい思い出はありません。

日本に来ても、人付き合いの領域といえば、居留地内限定です。しかも、ゴーブルさん
オススメのごく限られた範囲しか移動しません。とても恋どころじゃなさそうです。
それでも、ゴーブルさんのお手伝いをして、少しでも家計を支えようと、彼自身に
とっては大格闘なのです。

そんなサムは少ないけれど、多少の報酬は得て、ちゃんと働いてきました。でも、
外で働くよりも、家で靴直しをしているほうが、性に合うようです。家にはまさか、
知らない人が居ないので、怖くないからです。

この居留地に居る限り、国家の大仕事はできなくても、通訳として役に立つ場面は
いくらでもあります。かつてゴーブルさんが絶望したほどではないのです。
ところが、問題は、あいかわらずの恐怖症に加えて、体が弱いことです。
あんまり、無理をさせるわけにはゆきません。

外人の目から、彼が年より幼く見えるのは解りますが、同じ日本人の中でも、
彼は断トツに幼い風貌です。ゴーブルさんと親しくなった日本商人達は、
昔の癖もあって、あいかわらず、サムの話をする時には、
『おたくのボンズ君、元気かい?』そう言います。


布教活動は、あいかわらず日本は禁教ですから、本当はいけません。
ところが、この時代になると、昔と違って、世界が日本を監視しているわけですから、
宣教師が捕縛されて惨殺されるなんてことはありません。この時代でなければ、
ゴーブルさんなら、まちがいなく、火炙りの刑になってるところです。
ただ、気をつけないと本国送りにされてしまいますから、身動きがとても
不自由です。おまけにお金がありません。

妻子と別れ住む悲しみから復活したゴーブルさん。昔風の英語塾を開き始めました。

「ハ~イ!通詞の勉強したいヒト、ココ来るネ!ココ、英語オシエルよ!」

まあ、まあです。靴直しよりは余程マシな収入が得られます。
体の弱いサムもお手伝いしてくれます。お月謝が入れば、サムの好きなお米をどうにか
入手しては、食べさせてあげることができるようになりました。


サムの体。痩せっぽでチビなのは昔から。だけど、なんだが皮膚の色が黄色くて動作が
鈍く低下しています。時々、ダウンして、床に伏せては起き上がり、その繰り返しです。
「意思と裏腹に、関節が言うことを聞かないんだよ。困ったなあ。」

そう言って、サムは自分のことなのに、情けない顔をして笑います。

栄養のあるお肉をすすめても、もちろん喜びません。
ゴーブルさんは、高価なお米を入手しては、やはり、それを食べさせました。


サム、入院


ダウンと通院を繰り返したサム。しまいに病院に連れていってやることもできなく
なりました。今、サムは入院しています。病名は脚気でした。

この時代、原因がビタミン不足であることは、とうてい発見されていません。治療方法が
つまりないのです。でも、彼らの時代、本人達は、それを知りません。

一時は危ないところでした。サムが意識のある時、発する言葉はひとつだったのです。
「ご免なさい。ご免なさい。」

「そんだけ言えるってことは、もう直りかけってことさ。」
ゴーブルさんが、そう答えます。病院の先生もこう言います。とにかく栄養を・・・。


小春日和の心地よい或る日のこと、珍しくサムの体調が良好です。
ゴーブルさんが、病院へ行くと、なんと、サムが床に起き上がって座っています。

ところが、待ち伏せしていたのは、衝撃的なサムの言葉でした。

「ゴーブルさんは僕が必要だって言ってくれた。感謝してる。とても・・
でも、ご免なさい。神様にご免なさい。僕は僕がもう必要ない!」


サムは悲しいのです。自分のせいで、ゴーブルさんが何もかも失ってしまったことが、
辛くてならないのでした。自分に巡り会いさえしなければ、きっとこの人は幸せ
だったのにと、やみくもに自分全体、生まれたことまで全部、後悔しているのでした。

はっ!としたゴーブルさんは、立て続けに色々弁解しました。

「サム、僕が君を助けたいと思ったのは僕の勝手なんだ。」
「この日本に来たのは、日本人にちゃんといい教えを伝えたいからだよ。」
「言うなれば、君に会った、会わないは関係ないんだ。」
「君を助けたいから日本の宣教師にしてくれって言って、いくら教会だって、そんな
理由でOKなんかしてくれるわけないだろう?なっ?だから、君の考えはまちがいだよ。」


ゴーブルさんがいくら言っても、サムは悲しそうな瞳で、口元を歪めて嗤うばかり。
少しも聞き入れてはくれません。


next悔いの告白、そして約束


指きりげんまん、嘘ついた~ら、針千本飲~ます!

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文章解説(c)by rankten_@piyo、
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