演歌歌手に刺激を受けた夜
その日、朝からの精神状態でワインを半分ほど飲んで、居間で横になっていた。
不在着信に気が付いたのは、だいぶ後になってからだ。電話をくれたのは、近所に住むミュージシャン。
ちょうど話もあったので、折り返し電話をし、伺ってみた。昔の仲間を呼んでバーベキューをしているところだった。
実はこの日、近くの神社の夏祭りで、彼らは昼間の神輿を担いできたところだったらしい。それで一度家に帰り、一杯やろうと。
自分も前年は、ステージに呼ばれて演奏をしてきた神社なのだが、今年は担当が代わって、僕らのようなミュージシャンが呼ばれることはなかった。
そんな理由で、昼から飲んでいた訳ではないが、そのバーベキューの後に、暗くなってきたら祭りへ行こう!となって、昔の仲間の彼らは遠いのでバスで帰り、自分らは祭りへと向かった。
今年は、演歌歌手がステージに出るらしい。もちろん、自分らの音楽からしたら、演歌は遠く無縁ではあるが、世話になっている役員の方々にも挨拶したかったので、暗くなるころ行ってみた。
威勢のいい半被を着た担ぎ手の宴の席に顔を出し、ビールをいただきながら挨拶していった。この辺りで生まれた人たちにとっては、小さい頃からの毎年の行事で、顔見知りばかりの会なのだろうな。
境内のステージでは演歌歌手が登場する。彼らを呼ぶのに何十万も使っていると聞いていたものだから、自分らミュージシャンとしては、それなら自分らがカラオケでの歌唱でなく、良い演奏をするのに、と話していたところだった。
演歌歌手の一人は女性で、後にもう一人男性の方が出演した。もう若いとは言えない、というか自分らよりかなり歳上の、売れてはいないだろう、無名の演歌歌手の営業だ。
全く期待していなかったが、とにかく歌が上手い。よく声が抜ける。声が脳天から出ているような響きがあり、音域も広く、表情豊かだ。見るところ(聴きどころ)だらけだった。
もし、自分が歌を歌っている人間でなければ、ここまで興味は湧かなかったかもしれないが。案の定、一緒に来ていた仲間のミュージシャンは演歌はキツイ、と言って帰ってしまっていた。
正直言って、曲は全部似たような曲調だし、(ロックなんかも、そうと言っちゃそうだが)まぁ、ザ演歌だなと。伝統芸能に近いものとしか思えない。
しかし、歌い手の歌唱力、またお客を楽しませること、ステージ下に降りてきて、遠巻きに聴いていた祭り客たちに、握手して回っているところ、見たことある、ザ営業!だ。
ステージで歌い終わった後の深々としたお辞儀をしながら「ありがとうございました」とマイクを通さずに口が動いている感じとか。
アンコールのような曲での炭坑節では、祭りのメイン客であるお年寄りが、何人も立ち上がって踊っていた。楽しそうだった。
もし、あのようなステージを期待されるならば、自分は出来ないし、やりたくない。あれが芸能なのだ、といわれれば、それには全く興味はなかっただろう。
かと言って、自分らが若い頃に憧れていたバンドのステージのようにMCも無く、クールにドライにやってステージを去るような格好良さは、もう売れていて、そうゆうスタイルのバンドだからだし。
それを今ここで真似てやるほど、若くもアホではないが、今、お客さんを納得させるだけのクオリティのステージが出来ない状態であるのは、悔しい。場所がライブハウスであっても、それは同じだ。
演歌歌手に刺激を受けた夜であった。