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カテゴリ:妄想
「本当に、休暇をもらってもいいんだね、愛しのオーナー」
質問の形をとりながらも、すでに旅支度に身を包んだイワンがヤンスカ様に尋ねる。 「ええ、もちろん。今回はケンとどこに行くの?」 「ヨーロッパのクリスマスを見せてあげたいからね、オスロでね、氷のホテルに泊まるんだよ」 「まあ、寒いのに物好きね」 「意外とあったかいんだよ、ミーラチカ。ベッドには毛皮が敷きつめられていてね、 氷の壁にキャンドルの灯りがキラキラとしていて、ロマンチックなんだ。 あなたは行ったことないの?」 「残念ながら。私の分までたのしんでらっしゃいな、イワン。よい旅をね」 ヤンスカ様が差し出した右手の甲に、イワンが唇をつける。 二人は、一瞬だけ親しく見つめ合って、そして、イワンは微笑みながら部屋を出て行った。 先のバルセロナでの旅では、頑なに心を閉じてしまわれたヤンスカ様だが、 やがて何事もなかったかのように、以前の態度を取り戻されたのだ。 私は、この平和な状況の復活を喜ばなくてはいけないのに、 心の一部がきしむような痛みをおぼえているのだ。 元の二人。 たしかに、少しは甘い感情がお互いを行き来したはずなのに。 「カーステアーズ」 私を呼ぶ声に、はっとして彼女の方をみると、一通の封筒を差し出している。 「なんでございますか?これは」 「自分でよくごらんなさいな」 口元は笑っているが、瞳には怒りというのか、苛立ちのような感情があらわれている。 なんなのだ!まったく。 封筒の差出人を見ると、おお、なんということか、わが心の小部屋の恋人エレノアからだ。 「クリスマスカード、ですね。よく私の居場所がわかったものですね」 言いながら、急いで私はジャケットの内ポケットに、それをしまう。 動揺していた。 「ねえ、少し冷え込んできたから、暖炉の火を大きくしてちょうだい」 「はい、かしこまりました」 「そして、もう、あなたも下がってよくてよ。明日の準備もあることだしね」 そうそう。ヤンスカ様は、なんと秋に訪れた冥土喫茶の管理人マルセルから クリスマスディナーの招待をお受けになったのだ。 長身で、黒髪。銀縁のメガネ。黒づくめの服装。 あの世から死者を呼び出せる力をもつ得体の知れない男。 大変クールな表情をたたえたハンサムなので、ヤンスカ様が目をつけたことには気づいていたのだが…。実際あのお方は、この妄想列車のスタッフにスカウトしなさいよなんて、私におっしゃっていらしたし。(そして、私はそのまま放っておいたのだが、それはヒミツだ) マルセルは、グレー地に銀の縁取りをほどこした、高級なレターセットで 優雅な招待状を送り届けてきた。 《私の美しい女神よ、お変わりなく世界を明るく照らしているのですか? それとも、憂いを胸にかかえて、涙の雨を降らせているのでしょうか。 どうか、女神よ、世界中の恋人たちが愛を与え合う聖なる日に、 この世の神秘について語り合おうではありませんか。 私の館で、お待ち申し上げております》 私は、見たくて見たのではない。 ヤンスカ様に届けられるものを確認するのは私の役目だから、 明らかに私信と記されてないものは、私が封を切るのだ。 何が、私の美しい女神だ。あのお方は女神でも復讐の女神ネメシスとか、 インドの女神カーリーとか、そっち系である。 何というのか、どうして、スラスラとあんな文章を綴ることのできる男がいるのだ。 また、それを読んでくすくすと嬉しそうに笑うヤンスカ様も情けない。 「カーステアーズ、聴いているの?私のバレンシアガの黒のドレスを用意するように マリアに伝えておいてね。靴はジミー・チュウの赤のヒールにしようかしら」 「私は、あのドレスはいきすぎかと思いますね」 ヤンスカ様が、冷ややかな一瞥を送ってくる。 「あなたの好みが、関係あるのかしら?もう、いいわ。下がって、カーステアーズ」 そして、私のジャケットに向けられた目線を見て、気づいた。 エレノアからの手紙を気にしているのだろう。 私は、少し勝ち誇った気分になり、右手で何気なく封筒のおさめられた辺りを触ってから、 一礼して、彼女の部屋を出て行った。 私の執務室で、デスクからペーパーナイフを取り出して、 封筒を開ける。 たたまれた便箋を広げたとたん、 《あいたいの、ウィル。あなたしか頼れる人がいません》の文字。 そして、連絡先の電話番号。 どうする私。 ともかく、話を聴くしかあるまい。 少し指が震えたが、書かれている番号を呼び出した。 (中編に続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.12.23 00:07:34
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