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天の王朝

雑感

雲と煙突

●雲に消えた魂
知っていますか? 空前のペットブームの陰で、多くの犬や猫が殺されているということを・・・。フォトジャーナリストの児玉小枝さんの『どうぶつたちへのレクイエム』(日本出版社)によると、一年間に日本全国で、犬16万4209匹、猫27万5628匹が命を奪われたのです。人間に捨てられたペットは、保健所などの収容所で「処分」されてしまうのですよね。まさに現代のアウシュビッツです。

東京では環状八号線沿いに、犬たちの「アウシュビッツ収容所」がありますよね。悲しい目をしたワンちゃんが大勢、そこに収容されるのです。そこで殺された犬たちは次から次へと燃やされて、その魂は煙となって煙突から空に上ってゆきます。空に上りながら、自分を捨てた人達を恨むこともせず、「どうして」って鳴くんです。「どうして、僕は捨てられたの?」――。

煙はやがて雲となり、雲はそのうち雨雲になります。もし雨が降ったりしたら、その一滴(ひとしずく)を手の平で受けてみてください。水滴の向こう側に命が透けて見えるでしょ。「私のことを忘れないでね」。

東京の雨が苦いのは、そんな理由があったのです。

●ローズマリーの死
ローズマリー・ケネディが今年一月に亡くなっていたことを、今日の朝日新聞の「ひと」欄で知った。ローズマリーはジョン・F・ケネディの妹で、ジョゼフ・ケネディと妻ローズの間に生まれた長女。“名門”ケネディ家にあって、知的障害を持ち、ロボトミー手術を受けたことでも知られる。人生の大半を修道院で過ごした。86歳であった。暗殺や“事故”で相次いで死んでいく「呪われたケネディ家」の中にあって、ローズマリーは幸せのほうであったかもしれない。

ケネディ家がひた隠しにしていたローズマリーのことを公にしたのが、三女ユニス・シュライバー(83)だ。長野で開かれていた知的障害者のためのスペシャルオリンピックス冬季大会が昨日(5日)閉幕したが、そのスペシャルオリンピックスの創設者でもある。娘はシュワルツェネッガーの妻になっている。

ケネディ家には、光と闇の歴史がある。JFKの父ジョゼフは、まさにこの闇を操った人物だ。アイルランドからの貧しい移民一家がどうやって、米国の名門へとのし上がったか――。このブログでも、いずれ明らかにしていきたい。

紅葉

紅葉の季節ですね。最近紅葉狩りで方々に出かけているので、そのうちのいくつかを紹介しましょう。

先日は多摩湖まで、自転車で紅葉狩りに行きました。
これが多摩湖自転車道の入り口付近です。

紅葉

サイクリングコースになっているんですね。多摩湖のゴール地点まで約21キロ。このうような自転車道路が続きます。ほとんどまっすぐな直線道路で、排気ガスもなく、すごく快適なコースです。

のどかな風景が続きます。

紅葉

紅葉もチラホラと視界に入ってきます。

紅葉

紅葉

写真には撮りませんでしたが、自動車道の脇には野菜の直売場もあります。帰りに大根、にんじん、サトイモ、ジャガイモを購入しました。

干し柿もほしてありました。

干し柿

多摩湖です。水位が下がっていますね。

多摩湖

こちらはお隣の狭山湖。

狭山湖

紅葉真っ盛りでした。秋の色をお楽しみください。

紅葉

紅葉

紅葉

紅葉

紅葉

昨日は奥多摩に、紅葉狩りにでかけました。

奥多摩

奥多摩や高尾山は、私の「修行の場」でもあるんですね。
何の修行でしょうか? 
答えは体脂肪を燃焼させる修行です。変な修行ですね。

太ってきたなと思ったら、私はとにかく歩きます。それもかなり速いスピードで長時間。長いときはほとんど休まずに5時間ぐらいぶっ続けで山道を歩いてしまいます。

アメリカに滞在しているときは、車ばかり使ってあまり歩きませんでしたから、かなり太ってしまいました。日本に帰ってきて、このままではまずいと思って、暇を見つけては山歩きをしていたら効果てきめん。見る見るうちに、おそらくは20%を超えていたであろう体脂肪率が12%ぐらいにまで下がりました(今は17%ぐらいですが)。

さて、奥多摩はやはり綺麗でしたよ。昨日は午後から少し曇ってしまいましたが、紅葉はまだ楽しめました。

JR青梅線の古里(こり)駅で下車。しばらく青梅街道沿いを西に向かって歩きますが、やがて青梅街道と並行して流れる多摩川沿いの遊歩道へと別れます。

奥多摩

紅葉が鮮やかです。

奥多摩

多摩川へ流れ込む支流の一つです。

2005-11-27 20:42:05

多摩川が見えてきました。上流だから水はかなり綺麗です。

奥多摩

寸庭橋で多摩川を一度渡ります。もう完全に山道ですね。

奥多摩

山奥にドンドン入っていきます。

奥多摩

山の中ですが、民家もあります。

奥多摩

急なつづら折りの登りが10分ほど続きます。

奥多摩

ようやく峠に出ました。松の木尾根と呼ばれる峠です。

奥多摩

峠からは鳩の巣集落が一望できます。これから向かうところです。

奥多摩

下ること約15分。村の端に到着しました。

奥多摩

さらに歩くと、多摩川に架かる雲仙橋が見えてきます。

奥多摩

この橋から、奥多摩では有名な鳩の巣渓谷が見下ろせます。

これがその渓谷です。足がすくむほど高いところにある橋ですね。まず上流側。

奥多摩

次は下流側です。

奥多摩

奥多摩

上流側の橋の真下は、紅葉が鮮やかです。

奥多摩

奥多摩

上流の先の方には、もう一つ橋がありますね。鳩の巣小橋と呼ばれる橋です。

河川敷まで降りていってみましょう。

昨日の続きです。

鳩の巣渓谷の鳩の巣小橋まで降りてみましょう。
綺麗な秋の風景が続きます。

奥多摩

太陽が翳っているので、色鮮やか、とまではいきませんが、真っ赤ですね。

奥多摩

多摩川がすぐそばに見えてきました。ずい分降りてきましたね。

奥多摩

先ほど上から見た鳩の巣小橋ですね。つり橋です。

奥多摩

つり橋を渡ります。

奥多摩

つり橋から上流を見た景色。

奥多摩

渡ってきたつり橋を振り返ると、こんな感じです。

奥多摩

さらに川へと下って行き、鳩の巣小橋を仰ぎ見ます。

奥多摩

奥多摩

多摩川です。上流ですから水は透き通っていますね。

奥多摩

鳩の巣小橋。奥に見える白い橋は雲仙橋です。

奥多摩

さて、先に進みましょう。

奥多摩

さらに上流へと進みます。

奥多摩

ところどころ流れが激しくなっています。

奥多摩

川沿いを30分ほど歩くと、

奥多摩

白丸ダムに着きます。

奥多摩

ダム堤の上から下流を望みます。左側に何か水路のようなものが写っていますね。

奥多摩

魚が通れるようになっている水路である「魚道」ですね。この魚道が完成したのは、2001年。それまでは長いこと、ヤマメ、サクラマス、鮎などは遡上することができなかったんですね。約40年間、魚道を分断していた。人間は自分勝手で、ひどいことをするものです。

奥多摩

上から見た白丸ダム。

奥多摩

ダムを後にします。

奥多摩

15分ほど歩くと、遠くに数馬峡橋が見えてきます。

奥多摩

橋のたもとの紅葉。

奥多摩

ここからさらに45分歩くとJR青梅線の終点奥多摩駅に着きますが、もう日が暮れかかっていたので、その一つ手前の白丸駅から帰ることにしました。家を出たのが、午前11時と遅めでしたから、しょうがないですね。

最後は白丸駅の写真。

奥多摩

これで奥多摩紅葉の旅は終わりです。

▼シロの死
今朝、捨て猫のシロが友人の家で死んだ。

今年春ごろから突如、友人宅の庭先に姿を現すようになっていた。ちょうど近所のアパートが取り壊されたころだ。
エサをやったが、なかなか警戒を緩めず、近づくと「フーッ」と鳴いて逃げた。

夏が過ぎ、秋になった。
肌寒くなったので、友人は発泡スチロールの家を作ってあげた。しかし、シロがなつくことはなかった。

冬になり、寒波で体力が弱ってしまったのだろう。
3日前の水曜日、車庫の高いところに置いてあった猫の家で、シロは寝ていた。近づいても逃げようとしない。友人が外出先から帰っても、シロは逃げなかった。

しかし冷え切った体は、エサを受け付けなくなっていた。
家の中に入れ、部屋を温かくして、フカフカのベッドを作ってあげた。
白かった毛は、ウンチやおしっこで黒く汚れ、臭いが部屋中に広がった。
まぶたは目ヤニでくっついて、ほとんど開かない。耳には、オス同士のケンカで負ったとみられる傷があった。

夜を徹した、介抱が続いた。

体温が32度まで下がっていたシロは、医者に診せても、温めてあげても、スポイトで水を与えても、回復することはなかった。

小さな火は3日目の朝、友人に看取られながら、静かに消えた。

外は冬。人間が気づかないところで、命はひっそりと消えていく。
ゴメンね、人間に裏切られたんだね。
人間って、勝手だね。

人間が犯し続ける魂の重罪。その罪があがなわれることは、断じてない。

救えなかった命。越せなかった冬。
悔しさと悲しみが鏡の池に満ち、涙のしずくは心に響くばかり。

ゴメンね、シロ。むくろは明日、桜の木の下に埋められます。

春の桜の咲くころは、君のことを思い出すね。


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