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言葉を“面白狩る”

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2007/01/06
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カテゴリ:カテゴリ未分類

「今夜対馬守殿より大蔵宿へ以使者龍紋二巻被下之、早速為御礼年寄善右衛門所迄罷出候処、鈴木市之進出会段々丁寧成挨拶ニて引取」(延享五年(1748)『広島藩・朝鮮通信使来聘記』)
延享五年(1748)四月十日、朝鮮通信使は芸州蒲刈に着船しました。一行を警護・随行している対馬藩主の宗対馬守から広島藩接待責任者御年寄岡本大蔵の宿舎に龍紋(絹織物)の贈物があり、早速御礼として対馬守の宿舎(蒲刈の年寄善右衛門所)まで出向いたところ、対馬藩中老鈴木市之進と出会い、丁寧な挨拶をして帰った、という内容です。

「龍紋二巻被下之」を「龍紋二巻、之を下ださる」と読むのか、それとも、「之」を無視して簡単に「を下さる」でいいのか、迷うところです。

「助字はしばしば、意味の充足よりも、句のリズムの充足のためにおかれること、のちに説くごとくであるが、この「之」の字の場合は、もっともそうであって、必ずしも一定の明確な意味は、ほんらいもたない。しかし日本語としては読みわけないと不便なので読みわけるのである。なお訓読も今日の形になるまでに、実はいろいろ変遷を経て来ているのであって、中古以来の朝延づきの儒者、清原氏の訓読では、学而時習之の之のごとく、句末にある「之」は、句末のおき字として読まなかった。学んで時に習う、とのみ読み、之れを習うという読み方を、拒絶する。専らリズムを充足するおき字であると、句末の「之」を見たのであって、一理ある読み方である。また「日本書紀」の訓も、この清原氏の読み方なのであって、すべて句末の「之」を読まない。」(吉川幸次郎『漢文の話』)

「日本書紀」に例をみると、たしかに「之」は読んでいません。

「即越那羅山、望葛城歌之曰」(『日本書紀』)
即ち那羅山を越え、葛城を望みて歌して曰はく、

句末の「之」を読まないときもあったが、現在では「日本語としては読みわけないと不便なので読みわける」となれば、「被下之」を「之を下ださる」と読んでいたのかと思います。もっとも、何が不便なのかよく解りませんが。

「豊前国宇佐宮え奉幣使被遣之、陸地通行之事候間」(『御触書天明集成』)
……奉幣使、之を遣わされ
「奇特至ニ付、為御褒美被下之
……御褒美として、之を下され
「為祝儀、肴一種宛被贈之、令欣悦候」(貞享元年(1684)『小場家文書』)
祝儀として肴一種宛、之を贈られ、欣悦令め候

「在陣中山野ニおゐて発炮之義、遠慮被有之可然事」(元治元年(1864)世羅郡「郡用帳」)
在陣中に山野で発炮することは、当然遠慮すべきである。
意味はその通りですが、「被有之可然事」をどう読みますか。「遠慮、之れ有られしかるべき事」ですか?

「其段申達候御承知可被有之(「鶴亭日記」)
以上、知らせたのでご承知ください。
「……御承知、之れ有らるべく」とでも読みますか。

「之」を読まなかったら解りやすいのに……と、まだ迷っています。

田中善信『書翰初学抄 江戸時代の手紙をよむために』の説明に、

「進候 差し上げます。「進」の後の「之」を読まないのが当時の慣習。」

とあります。







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最終更新日  2007/01/06 11:55:11 PM



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