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カテゴリ:杉山千佳(子育て環境研究所)
杉山です。
自社のHPのリニューアルなどを考えていて、ちょこちょこと いろんなサイトをチェックしているのだけど、大学の 先生のサイトは、マニアックだけど、親切でためになる のが多いなあ・・・などと思ったりしています。 この前も教育学部の先生が作られたテキストのPDFファ イルを読ませてもらうことができ、 「できない・わからない」とは、根気よくそして時間を かけて「できる・わかる」へと自分を変えていく作業を 怠っている ということに他ならない。 という当たり前のことが書いてあり、 「おお。息子に読ませよう!」と、思ったのでした。 4つ葉の弱点は「運動論」を知らないこと。 経験を積んでいないこと。 というわけで、「大きな流れの中のわたしたち」を確認 したくて、 『ポスト戦後社会』吉見俊哉 岩波新書 を読みました。 社会学の先生らしく、政治経済だけでなく世相や、当時の 人たちの意識まで拾い上げながら、その時代ーそれはわたし が生きてきた時代そのものーを分析してくれるので、とても おもしろく、「なるほどーそういうことだったのか」と、 発見が多かったです。 特に、 本書の多くの章で、社会運動の担い手たちに注目している。 という著者の問題意識も、4つ葉のような活動をしている わたしにはありがたく、 ベ平連も、ウーマンリブも、沖縄の反基地運動も、 地域のまちおこし運動も、実はあまりよく知らないで やってきたことがわかり、よかったです(やばー)。 ベ平連とは、「ベトナムに平和を!市民連合」の略で、 60年代の代表的な市民運動です。 もともと呼びかけたのは、鶴見俊輔さんなどだけど、 「学者じゃ弱い」と思ったんでしょうね、当時、新進 気鋭のジャーナリストとして売出し中だった、小田実 さんに白羽の矢を立て、 「こうした運動は若者が核になるべき。 代表をやってくれ」ってことで、依頼をしたそう。 特徴は ・運動を組織として制度化しないまま政治的に働きかけた ・「ふつうの市民がやるふつうの運動」として強く 発展させようとした ・長期化させない、生活を犠牲にするようなコミット メントは要求しない ・「民主主義を守れ」といった抽象的な目標を掲げるの ではなく、「米軍の南ベトナムからの撤退」といった 具体的でわかりやすい目的の設定 こうした運動のやり方が、その後、環境保護、薬害訴訟、 人権擁護、フェミニズムなど多くの分野の新しいネット ワーク型の市民運動に広がっていった・・・ということ です。 その後、2000年前後から住民不在の地域開発に対し、 あちこちで運動が起こるわけだけど、その特徴は、 ・建設に対して賛否いずれであろうとも、当該の問題に 関して地域住民の意志や判断を表明する「場」、「空間」 を作り出すことこそが、ポイント ・自分たちの地域の問題は自分たちで決定するという 意識の高まり ・運動の担い手たちは、旧左翼の労働運動からも政党組織 からも距離をおき、新しいスタイルの活動を展開した。 ・固定的な上下関係はなく、参加も離脱も自由。 「緩やかなネットワークが、異なる政治的立場の者の参加 を可能にし、チームワークを生み出してきた」 ここまで市民運動にページを割きながら、一方で、 60年代から現在までの世の中の流れをわかりやすく 提示し、グローバル化、家族の溶解、アジアの台頭など キーワードも示してくれています。 それは何かの「始まり」ではなく、「終わり」だった のではなかったかというのが、吉見さんの視点。 ああ、「終わり」だったのかもしれないなあー。 「始まり」を見せることができるかなあー・・・。 「ベ平連」なんて知らずに(すみません)、子育て支援の 充実を訴える活動を始めたけれど、運動論として意識した ポイントはあまり変わっていない。 知らず知らずのうちに、真似したり、志向したりして いたんだろうなあと、思います。 にしても、40年前より「しょぼい」(がっかり)。 わたしは小田さんにはなれないし、鶴見さんみたいな 学者はそうそう現れない。 切実感が、当時よりも薄まっちゃっているんだろうなあ。 で、どうするか・・・ ちょっと考えてみます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
June 3, 2009 09:40:20 AM
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