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Jul 2, 2006
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「その目の下の傷、どうしたの?」

深夜のガソリンスタンドで働く彼女の頬には、大きな傷があった。
「おとといの夜やられたのよ...」
強盗は彼女を殴り、レジの現金を取って逃げたらしい。警察はカメラに写った犯人の顔から捜索をしているが、サンクスギヴィングで州の内外から人が集まっているので特定が難しい、ということらしい。

博士課程に通うフランス人の彼女が、こんな田舎町のガソリンスタンドの、それも深夜シフトに出なければならないのは、2年前、アメリカ人の夫との決別以来であった。それだけの学歴・実力があれば他に仕事がありそうなものだが、「心理学」という職種は彼女に相当の負担をかけてしまうらしく、今の仕事の方が気が楽、というのが本当の理由らしい。

ニューハンプシャーへの買出しの帰り道、ガソリンを入れようと立ち寄った時、僕の長髪を見て「あなた、もしかしてマオリ?」と話しかけられてからというもの、一週間に一度の買出しの際には、この小さな町のガソリンスタンドのオフィスで夜が明けるまで語る、というのが習慣になっていた。

この事件があってからもしばらく勤務を続けていた彼女であったが、数週間後には自宅の近所の銀行に勤め始めて、深夜の会話も出来なくなってしまった。僕がポーツマスを訪れて彼女に会うのも、休日のポーツマス近辺散策へと趣向が変わっていった。

「これは厳密に言うと『ビーコン』よね...」

寒空に白い吐息混じりに彼女は言った。

Lighthouse とは確かに beaconとの区別がされているようで、岬から小さなゴンドラに乗って、100フィートぐらい離れた「島」に存在するこの「灯台」はbeaconということになるらしい。もっとも、引き潮になるとつながってしまうこともあるほど浅い海で隔てられているので、それほど厳密な区別は出来ない、というのが本当のところであろう。

心理学の博士号を取ったら、フランスに戻り、そこからヨーロッパを縦断しアジアを抜けて、彼女にとって憧れの地であるニュージーランドにたどりついて、そこで幸せに暮らす、というのが、かねがね彼女が語っていた夢であった。この日も彼女が自分自身に言い聞かせるように、同じストーリーを生き生きと語るのを聞いていたが、心なしか勢いがないのは、度重なる問題のせいであろうか。

多くの問題を抱えていたのは彼女だけではない。僕もまた様々な問題に直面し、それを乗り越えることが、あたかも生きるための目的であるかのように暮らしてきて、疲れ果てていた。そうやって全身全霊を傾けて問題に打ち勝っていったとしても、その先に待っていたのはさらに大きな問題だけである、ということが経験則になりつつあった。

しかし、決定的に違うのは、僕の「憧れの地」ニューヨークは変わり果ててしまい、「たどり着くべきところ」がなくなってしまった、ということであった。ロングランのミュージカルならばともかく、プログレッシブな音楽は支持者も少なく、それでも町の片隅の小さなクラブでたたずんでいる...そんな文化にあこがれていた僕。

テロと不景気とで一瞬にして吹き飛ばされてしまったそんな弱小文化が再びきれいな花を咲かせるのは5年後なのか、10年後なのか...それまでここで足止めを食っていればそれでいいものなのか...灯台の灯りがめぐるように、忘れかけた頃には以前と同じことを考えているという堂々巡りをくりかえしていた。



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年が開けると、彼女から年賀メールが届いていた。あれ以来仕事が忙しくなって連絡が間遠になっていた彼女は、すでにニュージーランドに辿り着いているという。ポーツマスでイギリス人の男性と知り合い、博士号を諦めて前倒しでフランスに戻った彼女のかねてからの夢であった「ヨーロッパ縦断」は新婚旅行を兼ねるものとなったのであった。

その後再び訪れたNubble Lightは、あの日と変わらず、行き交う船に道しるべを与え続けていた。

本来その「位置」を主張して、行き交う船に道しるべを与えるための一筋の光。

本来何かを「照らす」ためにあるものではないはずのその光が、あの日だけは、彼女の明るい未来を照らしていたような気がする。

Nubble Light






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Last updated  Jul 3, 2006 03:00:18 AM
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