「神戸大学院生リンチ殺人事件 警察はなぜ凶行を止めなかったのか」を読みました
2002年3月4日未明、神戸市西区の団地敷地内で当時27歳の神戸商船大学院生がまったくの言いがかりから暴力団員たちに暴行を受け拉致される。通報で現場に駆けつけた警察官たちは、なぜか被害者を捜索せず暴力団員に言われるがままに引き上げていく。その後延々と続いた凄惨な暴行の果てに、被害者は生命を絶たれたのだった。明らかな異状を目の前にしながら、警察はなぜ何もしなかったのか。納得できない被害者の母親は、やがて警察の責任を求めて国家賠償請求訴訟を起こした。そして2006年1月、最高裁によって警察の非が全面的に認められる。警察を相手取る国賠訴訟は決して勝てないと言われてきたが、それを覆す初めての画期的な判断だった。本書は元警察官(黒木昭雄氏)の視点で事件を克明に検証し、ヤクザたちの暴行現場で何もしなかった警官たちの理不尽なその行動の謎や、国賠に勝訴した事件の全容を、元警察官ジャーナリストが明らかにします。警察現場を知る著者が、3年もの歳月をかけて取材し書き上げたのが本書です。長年警察現場に身を置いていた著者だけに、警察の仕組みや捜査態勢を熟知しているため、事件の存在を認知した刑事が何を考え、110番通報を傍受した警察官にどれだけの緊張が走るのかということなど、経験者でなければわからないことをとてもわかりやすく描き、警察組織に対するかなり鋭い指摘もこの著書の良いところです。もちろん事件そのものも悲惨極まりないですが・・・口の中はズタズタで、耳はちぎれかかり、顔は原型をとどめないほど腫れ上がっている。そしていたるところの表皮が剥がれ、2リットル近い血液が失われ、折れていなかった骨折はほんの数本。これが壮絶なリンチの結果殺されてしまった被害者(Uさん)の状態です。夜中に友人の車で送ってもらい、マンションの前で車から下りた所に「たまたま」マンションからイライラしながら出てきた暴力団組長と出くわしいきなり殴られてしまいます。しかし、逆にUさんとその友人に組み伏されてしまったその暴力団組長は、絶対に見せたくないぶざまな姿を加勢に来た手下に見られてしまったんです。最悪の事態です。組長が堅気に押さえ込まれているという情けない状況が、ヤクザのメンツに火を付け、その結果、警察官が認知するヤクザの常識を越えることになります。ただし、神戸西署の警察官が「ふつう」に活動していれば、Uさんの命が奪われることはなかったんです。つまり、あり得ない事が現実になってしまった。ではそのあり得ない事とはいったいなんだったのか。○事件現場から数百メートルしか離れいない交番の警察官が”二人揃って”仮眠していたこと。○最初の通報から警察官が現場に駆けつけるまで約17分もかかってしまったこと。(110番通報を受けてから警察官が現場に到着するまでの時間を”リスポンスタイム”といい、2001年の全国におけるリスポンスタイム平均は6分22秒)○信じられないような警察官の弱腰。○ヤクザはカタギに危害を加えても、絶対に殺さないだろうというまったく根拠の無い警察の思惑。その他まだまだ書ききれないですが、信じられないような警察組織の失態により、通算で7回もUさんを救出するチャンスを警察は逃しています。これはミスというにはあまりにも大きすぎる過ちです。そこには現場警察官の「怠慢」と、ヤクザに貸しをつくったあとの見返りを期待する警察官の「下心」。いわゆるヤクザ組織との「持ちつ持たれつ」というなれ合いがバレバレになっています。しかし「捨てる神あれば拾う神あり」で、敗訴率がほぼ100パーセントと言われている警察官と兵庫県を相手にした国家賠償請求訴訟に挑む3人の若手弁護士達の活躍は、かなり頼もしいです。でもね、殺すことはないですよね・・・オススメ度:★★★★★(かなりオススメ)神戸大学院生リンチ殺人事件