ノスタルジックな夢の色。。 西条八十の詩の世界。
先日、おもいがけず耳にした『唄を忘れた金糸雀』の歌。。女性のおおらかで包み込むような歌声がなつかしい思いとともに胸にしみました。この歌を書かれた西条八十が様々な苦難を経て、なおかつ創作活動の不調の時期に自分の姿をカナリヤになぞらえて書かれたものだとか。思えば書店でも”昭和の唱歌”の本も目にします。ご自身の幼児期に親しんだ歌を懐かしむかたは勿論ですが、そうでなくても何ともいえない郷愁やセピア色の写真に見るような凝縮された瞬間をかんじます。この歌がきっかけで西条八十さんに興味をもったことで知ったのですけれど、『人間の証明』でドラマを織りなすひとつのピースとして西条八十さんの”麦藁帽子”が引用されていたのを知りました。はじめてきちんと読んだのですけれど西洋の文学の影響をうけられた氏の作品の独特の世界にすっかりひたってしまいました。。『麦藁帽子』 / 西条八十 母さん、ぼくのあの帽子どうしたでせうね?ええ、夏碓氷から霧積へいくみちで、渓谷へ落としたあの麦藁帽子ですよ。母さん、あれは好きな帽子でしたよ。ぼくはあのときずいぶんくやしかった。だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。母さん、あのとき向こふから若い薬売りが来ましたっけね。紺の脚絆に手甲をした。そして拾はうとしてずいぶん骨折ってくれましたっけね。だけどたうたうだめだった。なにしろ深い谷で、それに草が背丈ぐらい伸びていたんですもの。母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?そのとき旁で咲いていた車百合の花は、もう枯れちゃったでせうね、そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ、あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかもしれませんよ。母さん、そしてきっといまごろは今晩あたりは、あの谷間に、静かに霧が降りつもっているでせう。昔、つやつや光ったあの伊太利麦の帽子とその裏にぼくが書いたY・Sといふ頭文字を埋めるやうに、静かに寂しく。西條八十詩集 ( 著者: 西条八十 | 出版社: 角川春樹事務所 )この他にも初版本を底本にして、送り仮名、句読点をそのままに、デザインを模した装丁で再刊された、『砂金』/ 愛蔵版詩集シリーズ もあります。。