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事の善悪も、前後の見境も無く、
やりたい事をやりたい時にやりたいようにやって来た。 専門的に言えば、 限りなく自己愛人格障害に近い、 男根期自己愛性格者。 つまり、究極の自己中人間。 だが、これは自分のせいではなく、 遺伝と育ちのせいだ。 つまり、親兄弟達が悪かったのだ。 しかし、だからと言って、誰を責めるつもりも無いし、 誰に責められる謂れも無い、と思っている。 何がどうあれ、 自分は自分、 他人は他人。 何かを頼まれて、 それを自分でやりたいと思えば、 とことんやる。 だが、やりたくないことは、 何があってもやらない。 やりたいことは、誰に止められてもやる。 それで良いのだ。 他人を気にして、手足を引っ込めて、 やりたいこともやれずに、 縮こまっている奴を見ると、 気の毒とも思うが、“本物の馬鹿か”とも思う。 何のために生まれてきたのかなんて、 死んで見なきゃ、誰にも判らない。 だから、取敢えず、 全部自分の責任で、 自分の生きたい様に生きるのが、正解だ。 そう生きてきて、今でも満足していられるのは、 人との出会いに恵まれていたからだと、思っている。 人間は忍耐と努力でそれなりのものは得られるだろうが、 最も大事な自分と言うものを失う危険もある。 仮に、全世界を手に入れたとしても、 自分を失ってしまえば、 全ては無意味に帰す。 それを“究極の馬鹿”と言う。 人間は裸で生まれ、裸でかしこに帰るからだ。(続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.04.15 04:46:53
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