「人間の絆」を読み終えた。
自伝的教養小説で最初のうちは、やや単調で退屈であったが、ヒロインのミルドレッドが登場してから、ぐんぐん引き込まれて読んだ。
幼年期の母親の死から伯父の家に引き取られての生活、寄宿生学校でのいじめ、ドイツへの遊学、会計士見習い、そして画家への夢とその挫折。ああ、こういうことってよくあるのだろうな…と共感しながら、ゆっくりと流れていった主人公の人生は、医学生になり、ミルドレッドという女性に恋するようになってから急展開していく。とにかくこのミルドレッドという女性、美しいことは美しいのだが、それ以外ではダメ女で主人公は彼女を軽蔑しながら恋する。それって恋ではなく情欲ではないか。それに引きずられていけば人生を誤るだけだよと思うのだが、それでもやっぱり引き付けられていくものは仕方ない。一種の運命というものだろう。とにかくこの女、抽象思考は5分とできず、中身のない話をしては読書の邪魔をし、家事もできず、努力とか向上心とは一切無縁。詮索好き、噂話好きで、美貌を元手に、楽をしながら生きることしか考えない。そんな女でどうしようもないなあ、と思いながらも、強烈な個性を放つこのヒロインがいるからこそ、小説は成功している。
ミルドレッドとの最初の恋はまだわかるが、ただ、再会後に彼女と同じ家に暮らす心理はどうもよくわからない。同じ家に暮らしながら、彼女の肉体には無関心で、それどころか避けようとさえする。この自伝的小説では何人かの登場人物についてはモデルが特定されているが、ミルドレッドについてはモデルがさっぱりわからないという。作者の性向から、実は男性がモデルだったという説があるが、そうなのかもしれない。男であれば、あの不思議な同居生活もありそうである。
最後の結末に至るところは、通俗的な青春小説のようで、それが批評家には評判が悪いという。でも、一読者として言わせてもらえば、これはこれでよいのではないか。とにかくもう少し若い頃に読んでおきたかった名作である。