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番茶ギーター解説

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Oct 10, 2016
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       『ナーラダ・バクティ・スートラ』


 第80節  主は賛美されるなら、直ちにそのバクタの下に現れ、ご自身を与えてくださろう

             (要旨解説)

 主の姿を見るための自分勝手な方法などない。すべては主のいわれのない慈悲にかかっている。「どうか私の前に現われてください」と主に要求することはできない。こちらの都合どおりに太陽に昇るよう要求できないのと同じである。太陽が自然の法則どおりに昇るように、主もいわれのない慈悲の心から現われてくださる。主に仕えながら、その瞬間が訪れるのを忍耐強く待ち続けなくてはならない。主を縛ることができるのは、純粋無垢な献身奉仕だけなのである。そして物質的な感覚では、主を見ることも感じることもできない。「私はあなたの永遠の召使ですから、あなたに仕えさせてください。私に奉仕を与えてください」これが主への最高の賛美である。主の慈悲にすがって行う献身愛奉仕に主が喜びを感じた時、主はご自分の判断で姿を見せるのである。
 「私を愛し、常に私に奉仕する者たちに、私は姿を見せる(本分は真の知性を与えるになっている)。それにより彼らは私のもとに来るのだ」『バガヴァッド・ギーター』第10章10節 この節はクリシュナはご褒美としてご自分の姿を見せることを言っているのだとシュリーラ・プラブパーダは解説している。サーダナ・バクティの段階を超え、バーヴァ、プレーマに昇ると、主との謁見(ダルシャン)が与えられるのである。






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Last updated  Oct 10, 2016 11:10:16 PM
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Comments

第二の矢@ Re[8]:ナーラダ・バクティ・スートラ(78)(07/22) ブログ読者さんへ 正だ、誤だ、、あまりに…
第二の矢@ Re:ナーラダ・バクティ・スートラ (1)(02/06) 自身の人生を振り返れば、罪と恥に塗れて…
通りすがりの読者@ Re[1]:ナーラダ・バクティ・スートラ(78)(07/22) バガヴァッド・ギーター』第3章15 【…
ジョーンズ@ Re:『捨ててこそ青春だ』 第6章 新村(シンチョン)の隠れ家サウナ(08/25) あきらめるほうがつづけるより難しいのは…
なにここ?@ Re:ナーラダ・バクティ・スートラ(78)(07/22) なにここ・・・壮絶、コワッ!!

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