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地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


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2007.11.01
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カテゴリ:2nd ライフ
ラジカルなコンピュータ.jpg
「ラジカルなコンピュータ」  思想のための最終機械 岩谷宏 1995/10 ジャストシステム 単行本 211p No.856★★★☆☆

 
ということで、さっそく岩谷宏の本を5冊ほど借りてきた。90年代中盤から後半の一連の著作だが、時代を反映していて、しかもドッグ・イアーの日々でのこと、情報そのものとしては、2007年の現在、有効なものはほとんどない。しかし、インターネットという言葉が一切でてこないこの本の中に描かれている「理想」はあるいみ、今日ではすでに実現されていることがほとんどである。そしてそして、その技術的な理想が実現しても、その技術を使う人間は、いったいどうなっているのだろうか、といささか、さびしい想いがつのってくる。

 この本、装丁は
パソコンが僕の人生を変えた」2001の荒川じんぺい。この本の装丁を手がけているときは、まだまだパソコンは使っていなかったのではないだろうか。これから5年間にたくさんのことが起こったということだ。

 出版社も
株式会社ジャストシステム。一太郎のワープロソフトで一時代を築いた会社だが、この当時は、まだまだメセナ的活動も積極的だったのだろう。そういえば、奥野卓司「情報人類学―サルがコンピュータをつくった理由」1993「速度の発見と20世紀の生活」1996などを出したのもジャストシステムだったが、それも90年代中盤だったのは象徴的だ。90年代は私も一太郎も使ったし、21世紀になってからは「ATOK for Linux」もヤフオクで落札したぞ(組み込み失敗)。最近は、どうなっているのかな、ジャストシステム。

 近いうちに地球上のどこかに台頭するであろう、新世代のソーシャリズム/コミューンニズムしそうとその実装の試みは、「社会ないにコミュニケーションの充実を育むこと」を唯一最大の課題とするものである。実装の試みは、すでに社会内にそういう”機”が熟しているような一定社会においてしか、成功はおろか、取り組みすら着手不能であろう。私の個人的な、あまり根拠のない(ただし技術的な根拠はかなりある)予想では、新世代思想のもとに地球上初めて、そのときに用いられる言葉として呼び名や分類はともかく、実質的に「社会主義化」するであろう地域は、現在のアメリカ合衆国である。なぜならこの国は、人間お互いに、日々コミュニケーションしなければならない、そうでなくては生きていけない、という切迫が、その国の来歴成り立ちからして、地球上でいちばん強い地域でないか、と思われるからだ。p144

 岩谷宏という人の先見性と独断性、断言癖と独自性から、あちこち検索してみると結構毀誉褒貶が分かれることが多いようだ。この本に書かれているのは、1992~1994年当時「現代思想」などに連載された記事が編集されているもので、しかも岩谷自身が言っているように、名シェフによって料理されているからこそ、おいしく食べられるのかもしれない。しかし、筋のいい素材がなくては、名シェフとは腕の振るいようがないのも事実だ。

 
コンピュータは、不動絶対の「最終機械」である。それは機械の機械、ラングのラングである。従来のドメイン固有の機械を1階の機械と呼ぶなら、コンピュータは(最)高階の機械である(個々の機械を細かく具体的に見ていくならば、”二階の機械”や”三階の機械”などが存在するのかもしれないが、それらはここでは一階の機械として一括りにする)。言い換えるならコンピュータは、ローカルな機械ではなくグローバルな機械である。
 すなわちコンピュータは、世界をモデル化する道具機械ではなく、世界をモデル化することをモデル化する道具機械である。まぁ、その発祥は、長距離の弾道と着地点を素早く計算するという、ドメイン固有機械の一種にすぎなかったようだけど、「プログラムを外付けにして汎用化する」というその後の改良発想によって、一挙に高階の機械という地位を得た。
P146

 この部分は1993年にでた文章。まだまだ存在しない単語をさぐりながら、なんとかかんとか表現しようとしている苦労が伝わってくる。そして、もっと関心が湧いてくるのは、この当時、このように発想していた岩谷自身は、はるかにこの時代からすすんでしまった2007年現在のネット社会について、彼はどのような発言をつづけているのだろうか、ということ。

 マイコン(マイクロコンピュータ)の登場によって、プログラミングを専門家達等に依存せず、コンピュータを自分でプログラミングして自分で使うことが可能になったとき、当時のマイコン熱狂はの一部は、プログラミングは子どものときから学んで身につけるべき万人の一般教養であるべきだ、プログラミングは万人の日常エクリチュール技術であるべきだ、と感じた。私自身もいまだこの直観に固執する。p204

 直観に固執するからこそ、以後の
「Javaの哲学」や「Linuxの哲学」が書かれたのであろうし、それらにつづく一連の著作もあるのだろう。しかしながら、たとえばLinuxのカーネルにしたところで、一部の技術者やマニア、ハッカーなら手を入れることができるだろうが、「子どものときから学んで身につけるべき万人の一般教養」とはなっていないし、「万人の日常エクリチュール技術」とはなっていない。いや、むしろますますプログラミングの世界はブラックボックス化していて、全体を見通せるようなSEもそうそうはいないだろうし、岩谷自身、いくらオープン化された世界が広がってきているといっても、すべて手作りのプログラムでまかなっているわけではないだろう。

 ただ、そのような万人の日常エクリチュール技術の復権の兆しが、たとえばセカンドライフのアバターやシムをつくるときの3Dヴァーチャル世界作成に関わる技術が語られるときに、感じられる
「セカンドライフLinden Scripting Languageプログラミング入門」や「セカンドライフで作るリンデンスクリプト入門 」という本を手にとって心躍らせる人々は存在し、日々研鑽していることは間違いないだろうが、いまのところは圧倒的に少数派だ。この人々もまた消えていくのかもしれない。あるいは、この人々こそ、Web2.0 といわれる今日ではあるが、限りないWeb.N→に向けての命脈なのかもしれない。

 この本は、1942年に生まれた(小泉順一郎と同じ)岩谷の(当時50歳ちょっと)90年代の姿である。彼はインターネット前夜にしてさまざまな問題提起を行っている。そして、その後、これがどう変遷していくのかを見てみるのも一興ではないか。まずはこの地点を記憶しておこう。そしていよいよ
インターネットの時代がやってくる





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Last updated  2009.01.22 09:10:34
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